分岐 | ナノ

何かわからぬ理由で生が終わりやってきたのは大正時代。大海賊時代じゃないから死ぬリスクは低くなるぜと喜んだ私に神様はひどく残酷な運命を私にプレゼントしてきてくれた。ある日突然黒ずくめの男たちに背後から殴られたわけでもないのに私の生活は一変した。前世の世界では絶対にありえない話であったので信じるか信じないかは人によるものだと思うのだが、鬼が出てきて家族を殺したのだ。海賊はこの世界の裏側にいるかもしれないけれど、鬼がこの大正時代にいるとは思わなかった。マジかよパトラッシュ私もう寝たくないけど寝ていかいと叫びたくなった十五の夜。バイクを盗んだりはできやしないし、そもそも自転車というものが存在していてもこの時代女が乗るのははしたないとか理由で乗り回せやしない。

あぁめんどくさいな大正時代!鬼に家族は食い殺されてるわ、道端に馬の糞やらあるし、交通も発達していないから遠出すらできない。現代に帰りたい……。令和はどこだ……あと百年後?それまでに死んでる可能性のほうが高いわマジで。主に鬼の食糧で。鬼に家族を殺された私は鬼殺隊士とかいう人に保護されてとんとん拍子で鬼殺隊士になってしまった。

なんでこうなるんだと思いながら今日も今日とて鬼退治である。桃太郎多すぎだろ、きびだんごでも撒いておけよ。あと鬼は鬼ヶ島から出てこないでほしい、棲み分け大切だから。鬼の首を軽く切り刻み消滅を確認する。鬼が死んだ!よっしゃ帰れるという私は別に人でなしではない。カラスが来る前に帰らないと次の任務が私を襲うのだ。カラスが鳴いたら帰れないのだ、なぜ鳴くのと歌で聞かれたらカラスの勝手ではなくぜひとも任務のせいだと歌いたい。これで賃金に変化がないの嘘でしょ、休みが欲しい。

御館様は良い方らしいけど、会ったこともないしどんな人かわからないから評価ができない。聞けばお墓参りには行っているらしいから死ねば毎年会えるぞと笑っていた同僚はこの前なんかピンクか赤い髪の鬼に心臓をぶち抜かれて死んだという。ブラックジョークも過ぎると笑えねぇなと思いながらカラスが目の前にやってきたことを確認して希望が絶望に塗りつぶされていく。もしかしてもしかしなくてもサービス残業では?マジ?それなら鬼のように私も鬼舞辻無惨から血でもいいからボーナス貰いたいんだけど。カラスが早くこっちにこいと声をかけてくる。あーはいはい。今すぐ行きますよ帰ったらすぐに寝る。ご飯食べて寝るんだ。いい加減休ませろ、畜生。空がまだ白くなることはない。夜に足を取られるかのようにその場に転んだ。あぁ疲れてるんだな……自分。





追加の業務を終わらせやっと家に帰ることができた。本当にこっちからわざわざ来てあげてるんだからさっさと首を斬られて死んでほしい、無駄な抵抗はしないでほしい。私の寝る時間が減るから。そう思いながらドアを開けるとそこに居たのは平成や令和でよく見た格好をした男だった。男は粗末な座布団の上にだらしなく座っており、家に帰ってきた私の顔を見るなり極彩色の目をキラキラとさせて元気にニッコリと笑いかけた。この男、本名は不明だが、名前は童磨というらしい。気が付いたらこの大正時代にトリップしてきたんだそうだ。こちらに来る前の記憶を聞いてみてもあやふやでよくわかっていないから死んでいるかもわからないらしい。難儀であるし、心細さも知っているしこの家にはなかなか帰ってくることができないから住まわせている。


「おかえり、紬ちゃん」


ご飯できているから食べるかい?そう問いかけてくる童磨を見ながら心を温かくさせる。あぁ人の居る家っていいなぁ……。ずっといてくれないかなと思うも童磨にも待つ家族がいるだろうし言えない。本人は帰りたがっている様子も見せないがそれもきっと強がりなんだろう。童磨にお礼を言おうとすると少し視界がふらつく。あっ食い気より眠気がやばい、そのまま倒れて寝ることもままあったけど童磨が来てからちゃんと生活を送っていたのに今日のタスクがヘビー過ぎた。柱になれそうなぐらいに鬼を倒してきた気がする。私の倒れ行く身体を童磨は素早く支えた。やばい私が現代に居たのなら惚れてのかもしれない、この童磨はなかなかに立ち振る舞いがうさん臭いときあるけれど人を見かけで判断しちゃだめだと思いありがとうと目を開けるとやだ顔がいい結婚してほしい。あととても良い匂いである。邪な感情を抱いている私に童磨はこんなところで寝ちゃうと風邪をひいてしまうぜと言いながら私を布団のある部屋にまで運んでくれる。布団引いてくれてたのにとても感激した。いい人すぎる。お風呂に入っていない……と身じろぐと童磨は私に布団をかけ、意識を手放すかのようにリズムよく私の身体を優しくたたいてくれた。とても眠い……。そう思いながら少し眠気眼を開けると童磨のキラキラとして目と目があった。目と目が出会う瞬間に恋ではなくあることに気が付いた。めっちゃ失礼な話だけどすごく言いたい。本当にどうでもいいことなんだけれど。


「めっちゃ失礼な話なんだけどさ」
「うん」
「童磨の目ってさ……」
「なんだい?」


ゲーミングパソコンみたいだよね……。といいながら私は意識を手放した。お布団がふかふかでとても気持ちが良い。目を閉じる瞬間に童磨がすごく怪訝そうな顔をしていたのは気にしないことにしたい。どうせゲーミングパソコンだなんて伝わらないしと思いかけた時に童磨が現代からトリップしてきた人ということに気が付いた。やっちまった。まぁ聞き流してくれるはずだからいいかな。久しぶりの布団と人の暖かさはとても心地が良かった。

この時私は知らなかった、童磨がすごくあっけにとられた顔をしていたことやその一言によってこの時代の童磨に出会うことになるだなんて。
神様は私が一体何をしたと思ってるんだ、いや何もしていないんだけど。