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※名前変換なし


「おい地獄さ行くんだで!」

いや、ここは地獄である。今更どこにいけと言うのか。
──地獄。それ以外にどう形容する事が出来ようか。私はいつも地獄の中にいた。

ここが極楽と例えるのならば、よほどその者はお人好しか馬鹿であろう。知能が足りていないと私は吐き捨ててやろう。相思相愛の両親から生まれた私の容姿は繭が糸を引いたように白い髪で、血を垂らしたように真っ赤な目であった。肌は日に晒されてしまえば待たず真っ赤に染め上がる。人はみな私を鬼子と罵った。理解できないというくだらぬ理由で私を人間ではないと決めつける。私は人であるのに。

私という存在によって父は母を罵倒し、母はそんな父を愛し共にこの世を去って逝った。なんて責任感のない親なのであろう。忌み子、鬼の子、厄災の子。そう罵られ私は殴られる。死んでも輪廻は回る。人間、餓鬼、畜生。色々道はあるだろうが私からすればそんな事は関係がないのだ。人は皆死ねば神の元には辿り着けぬ。神はこの世には居らぬ。転生を越えても私は神を見たことはない。そも、地獄の世に神様が転がってくるわけないであろう。迎えに来るわけもない。

腫れた顔に似つかぬ豪勢な服を着せられ私は、今日、神の元に返される。





「なんだまだ人間が残っていたのか」
「……っ」


かつて私を殴った腕を貪りながら目の前の人間が私に語りかけてきた。この場に似つかわしくない洋装に身を包み、黒くうねった髪を風に乗せ真っ赤な双眸で私を見つめている。
口をパクパクさせた私に人間は苛立ちながら静かに供物にしては貧相なものを寄越してきたものだと独りごちる。


「ふむ、供物……供物か、いや、厄介祓いの間違えだな」
「……」
「さしずめその容姿で鬼子やら言われていたのだろう、人間というものは愚かよナァ。相容れぬ存在を謗り、痛めつける……。なんとも愚かしい生き物だ」
「……」
「おい、貴様何か言ったらどうだ」


神に召し上げられるのなら何か出来るだろう、ほらやってみせと言われても私は殴られることしか出来ない。困った顔をすれば人間は声を大きく荒らげて笑いだした。全く持って理解ができない。


「は、ははは!!なんぞ、なにも出来ぬのか!──貴様は木偶の坊か?」
「……」


なにも出来ない。そう言われてひとつ思い出したことがある。目の前の人間を私はかつて見たことがあった。
いや、今世ではない。前世、地獄に落ちる前の、前世である。あの頃の事、もう大体のことは忘れてしまっているのだが、一つ、此奴の目の前の人間の顔は見たことがあるぞ。私がかつて狂いハマった漫画の悪役だった気がする。

名前はたしか……いや、しかしもう要らぬ。知ってはいるが言うだけ無駄だ。恐らくこの鬼によって私は死ぬのだから。誰だよ前世救済とか転生とか成り代わりとか言った奴。私じゃん。こんな状況でどう人を救えばいいのか私にはもう分からなくなってしまった。

腹がすいたから人間を襲う鬼の方が合理的じゃあないか。見た目で人を判断する人間、虐められている理由が見つからぬが皆が虐めているから虐めてもいいとかいうくだらぬ理由で人を殴る人間の方が怖いよ。人間早く滅ばねえかな。おい、と言われ私は鬼に向き直る。

しかし、まぁ、この目の前の鬼は地獄に落ちた私に一本の蜘蛛の糸を垂らしてくれたのだ。たとえ向かう先が極楽ではなく鬼の元でも楽になれるのであれば私は全然構わない。そもそも蜘蛛の糸を出してくれた者は鬼であろうと無かろうと神様なのでは?そのようなくだらぬ理由で私は思わずかみさま、と口走っていた。本当におかしなことである。その、ホロり私が出した言葉に男は少し反応してから、再び笑いだした。笑いのツボが浅いなこの神様。こっちは本気なのだけれど。


「ふっ……!いやなに笑ってすまぬな、しかし私を神と形容する者は初めてみたわ」


すこし思案してから目の前の神は口と目に弦を描いた。


「貴様の処遇を決めてやった」
「……それはありがたいことでございます」
「貴様は生かしてやろう、なに、神の気まぐれだ。せいぜいこの地獄で苦しむが良い」


えっ。と声を発するまもなく神は私に近寄りこの世で最も短い呪いをかけ、夜明けが近いとか言いながらその場を去った。
入れ違うかのようにやってきた殺という文字を背中に入れた男に私は拾われたのだった。依然、私の手には神の気まぐれによって渡された蜘蛛の糸は握られたままである。

そして絶賛私は鬼殺隊の中で最も嫌われている。何度も言うが救済とか言った奴出てこい。私か。何とは言わないが、救えねぇ話である。