キメツ学園には佐原玲という鬼舞辻無惨と同じ顔の生徒がいる。同じ学園の生徒からの評判はすこぶるよいが、前世の記憶を持つ教員や生徒からすれば異質な存在であるうえに、かつての十二鬼月とも仲が良く、鬼舞辻無惨とも仲が良いという理由から警戒していた。しかし、彼女と一度でも会話をした者は意見をひとたび変える。鬼舞辻無惨と顔は似ているが性格は似てもつかないと。性格が似ていないために、擬態したひとつが独立した意思を持ち分裂したという密かな噂も消え去ったが、彼女の存在に関してはもはやキメツ学園の七不思議に入るのではないかとまで言われている。


「無惨……!」
「あー……人違いだと思います」


顔似てるんですよね。くるりと振り向きながら、そう申し訳なさそうに話す玲に炭治郎は直ぐに毒気を抜かれた。
鬼舞辻無惨の匂いが強くあるものの、彼女の匂いは暖かい陽の光のような匂いであったからだ。炭治郎は自身が犯した間違えにすぐさま気づき謝罪を述べると、目の前の彼女はいつもの事なので気にしていないと慰めになるのか分からない言葉を炭治郎にかけた。


「それより君は、あれですよね竈門ベーカリーの」
「は、はい!」


あそこのパン屋さん美味しいんですよね、焼きたての時間っていつ行けば買えるか教えてくれますか?玲は炭治郎にはにかむような笑顔を見せる。
一瞬炭治郎はかつて浅草での鬼舞辻とのやり取りを思い出すも、彼女の振る舞いに嘘の匂いはひとつもなく、かつて胡蝶しのぶが玲について「優しくもあり騙されやすくもある人です」と評したことを思い出した。玲という人物は本当に根がいい人なのだろう。


「玲さんは、無ざ……鬼舞辻さんの従兄弟なんですか?」
「従兄弟ではなく、幼なじみですかね」


炭治郎は玲に大まかな各パンの焼き上がりの時間を教えたあとにこんな質問をしてみた。
分からないなら質問する。嘘のつけない炭治郎だからこそ出来る方法であった。炭治郎もあまりこういう踏み入った質問は初対面の人にはなるべくしないように心がけているが、玲さんのような人であれば答えてくれるだろうと踏んでのことだった。
事実彼女は無惨と自分の関係を聞かれて嬉しそうに答えていく。家がお隣さんで両親共々仲がいいんですよ。それに娘と息子が似たような顔で遠い祖先だ!なんて言っているものですから、余計に。とホワホワとした顔向きで答える彼女はかつて己が殺した宿敵とは思えなかった。
鬼舞辻無惨と佐原玲は同じ顔だという人も多くいるが、優しい雰囲気や匂いは鬼舞辻無惨とはとても似つかわしい。


「教えてくれてありがとうございます。私メロンパンもお月様のようでとても好きなんですけど、クロワッサンも好きでして」


あのあと玲とはちゃっかり連絡先を交換した後に少し話をして別れた炭治郎は、その日の帰り髪に簪を指して無惨と帰る玲を見かけ、思わず足を止めた、なぜなら炭治郎はあの簪には見覚えがあったからだ。あれは無惨を倒した時に彼の亡骸から出てきた簪に酷く似ていた。
あの戦いを終えた後にも関わらず折れず輝きを失わずにいたあの簪に。簪は回収し、産屋敷に管理されていたがいつの間にか姿を消したと言われていたが、本当の持ち主にの元に帰っていたようだ。
今世では罪を犯していない宿敵の未来を炭治郎は密かに祝福をした。





「そういえばまた間違えられたんだ」


やっぱり私と君の顔ってすごく似ているんだね、と玲はイタズラが成功したような子供のような喜び方をしながら無惨に話しかけていた。実際、髪の毛の色が違えど推しと顔が同じというのは嬉しいものである。髪の毛の色さえ黒ければ幽体離脱なり一発芸が出来たのに。あと少し物語の主人公に話しかけられたから嬉しいという気持ちも少なからずあった。


「私と玲の顔は似ていない」
「えっ、そうなの?やっぱり髪の毛?」


なぜか分からないけれど今世、私の髪白いもんね。そう少し残念そうに白い髪の毛を弄りながら玲が言えば、何処か思いつくが節があるのか分からないが無惨は誤魔化すように頬をかいた。玲は無惨のその癖を知ってはいたが、その癖さえも愛おしいものだと思いながら無惨をボーッと眺める。見て、推しが、好きな人が、私の彼氏がこんなにも可愛い。


「ほらこんなにも違うだろう」


無惨がボーッとしている玲に不意打ちだと言わんばかりに頬にキスをすると、玲は理解が追いつかずにキスをされた場所から顔を真っ赤にさせた。してやったりといった顔をした無惨はその様子を見ながら熟れたリンゴのようだと揶揄った。表情を豊かにコロコロ変える玲が私に似ているわけが無い。と心の中て付け加える。


「熟れたリンゴならもうすぐでダメになるね」
「腐る前に食べてしまえばそんな心配もあるまい」


ぐぬぬぬぬ。苦し紛れに言い返すもこれまた言い返された玲は顔を覆う手も無惨に防がれ、為す術なく真っ赤な顔をさらけ出して悔しそうな声を出した。その様子を見て、無惨は歩くペースを遅くする。時間はまだ沢山あるからゆっくり帰ろう、と玲に声をかけながら。かつて己の身を溶かさんとしていた陽の光が2人を優しく包み込んでいた。



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