女──、佐原玲には彼氏がいた。
いや、なんか本当に気づいたらいたのだ。隣に。彼氏が。玲はいつもいるこの男を彼氏と思ったことはなかった。だって告白されてすらないし、そもそも好きとかそのような色恋沙汰に発展する言葉を言われた記憶がてんでない。それでも隣にいた。

本当に不思議だ、イマジナリーではなく。遊びには度々誘われる。多分……デートでは?と思うこともあるが本当に恋人などといった関係ではないと玲自身決めつけていた。だって、まぁ、本当のことである。例えデート先で手を恋人繋ぎにされようが、好きのすも言われていない。そんな不安感の中コイツ私の彼氏……だなんてとても言えるように玲は育てられていなかった。玲の親の育て方は良い。ちなみにその男とは幼稚園からの仲である。

学校の鐘が鳴り、完全下校が促される放課後の教室。玲はもある人物に待てと言われたので待っていた。言わずもがな冒頭で述べた恋人かどうか分かない人物である。

しかしまぁ待てと言われたので待っているだけである、本当にそれだけである。

その男がやってきた時に「待たせた」と、玲に嬉しそうに笑みを浮かべる顔が好きだとか、祭りに出かけた時に離れないように手をずっと握っていてくれるところが好きだとか、そんな邪な考えは抱いてはいないのである。決して。
ただ待てと言われたから待っているだけである。あとどこで待っているなんて言わなくても玲を迎えに来てくれるとかそんなことが好きなところとかでは無いのだ。
あれ、やっぱり恋人関係なのでは……?と思っているとちょうど教室のドアが開いた。開け方的に彼だろうと思い顔を受けると、顰めっ面の待ち人がいた。そんな顔ができたのか。かっこいい。いや、決してかっこよくはな……かっこいい。


なぜ同じ顔を持っているのにこんなにも惚れ惚れとしてしまうのか、もしかして私はナルシストなのでは?と考えたこともあったが、前世の推しの顔になってしまった自分の定めである。相変わらず推しは顔がよかった。


男、──鬼舞辻無惨と佐原玲の顔は同じである。他人の空似にも程があるだろうと言われたこともあったが、玲からすると異世界に飛んだ際に自分の顔が落ちて鬼舞辻無惨の顔になってしまったのである。だから偶然ではない。偶然か必然かなんてどうでも良いことなのだが。違うとするならば髪の色であろうか。何故か知らないが今世玲の髪の色は真っ白である。アルビノと間違われそうだ。ちなみに肌も白くて日光に少し弱い。日光に弱いことを忘れた玲が夏場日焼け止めも塗らずに外に出ようとしたところ、無惨にこっぴどく怒られたこともあった。


「無惨?」

今日はどこか機嫌が悪いようだ。再度無惨、と呼びかけるもこれを無視。
何度か接触を試みたが全て無視されたのでこんなやつ……こんなやつ置いて帰ってしまえ!と心の中の自分が囁いたので鞄を持って帰ろうとした。意外と短気である。損気だ。もうこんなやつ知らない。かっこいいけどしらない。待ってたのにその態度はない。
それを快く思わなかったのであろう、無惨という男は出ていこうとした玲の腕を掴んだ。

「待て」

ギロりと真っ赤な目が玲を捉える。こんな顔も出来たのかかっこいい。ほうっ……と玲がその顔に密かに見惚れた。短気は損気ではあるが若干玲は好きな相手に対して頭が弱い気がする。玲が何も喋らないことに苛立ちを覚えたのか無惨がイライラとしながら口を開く。


「なぜあの男と一緒にいた?」


率直に言おう。玲はいみがわからずこんらんした!頭の上であひる先輩が数羽ぐるぐると回ろうとしたものの何とか抑え、ちゃんと事情を聞こうと無惨の方をちゃんと向き直す。玲は混乱に強かった。知らないけど。身体は弱いけど。


ちゃんと落ち着て話を聞くとどうやら竈門ベーカリーの息子である竈門炭治郎くんと話をしているのがバッチリ無惨くんのお目目にはいっていたらしい。パンナコッ……いや、なんてこったというのだろうか、しかし本当に何も無かった。
強いて言うなら君の家のパンが美味しい。欲を言うなら焼き立てを食べたいからいつ頃訪れたら焼き立てにありつけるか聞いていただけなのだ。炭治郎くんはとても丁寧に教えてくれたのでその時間に行こう。一から十までちゃんと話した。曇りなく。


無惨は納得してくれたが、どうしてあの男め……とブツブツと呟いているのが聞こえてくる。前世にどんな確執があったのかは玲には検討は大体はついているが、それは玲には関係の無い話だった。原作に入る前にあの世界から消えた玲はあの世界の結末は知らない。どちらが勝ったのか。それはまぁ今のこの状況を考えると察しはつくのだけれど。玲は世界を超える前に漫画を集めていたと言えども、人気に火がついている中での漫画収集であったので中々漫画が手に入らなかったのを覚えている。なんとかして手に入った漫画たちを読んだのは何十年も前のことであるし、昔過ぎてうる覚えと言えるほどじゃ無い。もうすっかり大体のことは忘れている。

他人事のように言ってしまえば、かつて紙越しに見ていた彼が今世で比較的に近い存在になっただけである。玲はかつてあの世界では血を彼岸花のようにばら撒き死んでいった女である。

あの時代の話し相手は目の前の鬼舞辻無惨だけだった。

今、目の前の男はさも玲は私のものだと言いたそうにしていたが、生憎まだ目の前の男に告られたことはない。故にまだカップルでもなんでもないのだ。すこし何か玲に問い詰めてくる。他にもそんなことを話すが玲はのらりくらりと返した。

「なぜそのようなことを言うのだ」

痺れを切らしたらしい無惨がそのようなことを言ってきた。本当のことを言ってもいいのだろうか。関係がなくなってしまうかもしれないがこの際ハッキリさせなければならないと、玲は心の中の怯えを飲み込みながら口を開いた。心の臓がバクバクと言う。そりゃもう派手に。いまこのときだけ地味でいてくれ。やめろ、心臓に半天狗はいない。
あくまで惚けたように、自然に……あぁもうどうやって言うのかわからない。ストレートに言ってしまえ。男は度胸である、女だが。


「えっ、だって無惨私にいつ好きって言ったの?」

好きでも愛してるでも付き合おうとでも言わない限り私たちの中はよく遊ぶ2人組だと伝えるとピシリ、と目の前にいた鬼舞辻無惨が固まった。無惨は無惨で恥ずかしさなどといった己の理由から言うのを避けていたのが悪い話だ。人間、鬼でもないのに、言われければ、分からない。玲は無惨の事を好いているし、あわよくば恋仲になれたら良いと考えている。考えているが確約が、言葉が欲しかった。

無惨はその言葉を聞いて頭を抱えたくなった。これは確かに自分が全面的に悪かっ……いや、まてじゃあ今までのはなんだと思ってるんだこの女。誰が嫌いな女を看病するのか、いやしないだろう。

しかし無惨は決してサトラレなどといった特殊能力を持ってはいないので、この際真面目に言っておこう。吸って吐いて、すーはー。真面目に。よし言おう。


「玲、私はお前のことが───」

「おやぁ、無惨様!それに玲殿まで!こんな所で何をなさっておいでですか?」



ガラリと教室のドアが開く。そこにいたのは相も変わらず空気の読めない男、童磨。いつか彼に密着して素性を暴いてもいいかもしれないぐらいのサイコパス。さすが。いや、暴いてもサイコパスはサイコパスである。身体を砕き中身晒してみてもそこにあるのは少し普通の人よりも形の違う脳味噌だけである。サイコパスとはそういうものだ。空気の読めない男はかつての上司の告白現場さえ空気を読まない。読めないのか読まないのか読んでるけど無視しているのか分からない。サイコパスでMなのかもしれない。そもそもサイコパスなのであろうか。それは閻魔様までも分からない。童磨だけに。

一世一代の告白をかつての部下に邪魔されるとは思わなかった無惨は激怒した。無惨はメロスでもないが、目の前のコイツを柱にでも括りつけて1週間にわたって太陽に下に晒したくなった。鬼であったのならさらさらと数分も経たずに消えていくが、人が1週間も晒されてしまえばこんがりとした小麦色になるだろう。人柱の童磨。柱の十人目にピッタリだ。しかし鬼殺隊からしたらビックリだ。いや鬼柱か?兎にも角にもかの厚顔無恥な童磨を退かねばならぬと無惨は決心をした。在任期間1日の人柱の童磨討死。しかし柱というものは九画であるので童磨の居場所は初めから無かった。可哀想に。


ブチり。あっ。


「童磨、貴様」

「えっ、俺がなにか致しましたか?申し訳ございませぬ、昔のように目玉は出せませぬが面白い芸を致しましょう!」

「うるさい、往ね、立ち去れ。私は玲に言わなければならない事があるのだ」

「なんと!私もご一緒してもよろしいですか!」

「誰に向かって口を聞いている」

冗談でございますよ、おふたりでごゆっくりしてくださいませ!と、どこかワクテカする童磨を追い払った後に無惨は玲に思いを告げる。先程の童磨とのやり取りを見ていた玲はきょとんとしたが、無惨の言った意味が分かったらしく昔のように変わらず笑い手で口元を覆った。あ、う……と言葉がみつからず、ワタワタする玲に無惨は頷いてくれるな?、と、言うと玲はおそらく夕焼けのせいで赤くなったのであろう顔を赤く染め上げながらはい。と大きく首を縦に振った。ちなみにこの教室は東にあるので西日は入らない。


帰るぞ。そう言われ手を繋がれた玲の頭には先程無惨から貰った簪が嬉しそうに揺れていた。


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