とある風紀委員の話




そう、すべての不幸は学期始まりの係決めの日に欠席してしまったことだと彼は振り返る。そして一つ、ため息をついた。
休んでしまった次の日、体育係にでもなったのだろうと踏んで学校にやってきた自分に待ち受けていたものは係ではなく、風紀委員であった。まじかよ。

桜の散りゆくさまが綺麗だなぁと現実逃避をしながら、とぼとぼと廊下を漂う。さすが放課後、人が少ない。

ため息を拾ってくれる友人も今この場所にはおらず。おそらくもう一人の友人と一緒に帰宅しているものだと考えている。本当にどうしてこうなってしまったのか。

彼は、善逸は、なりたくもない風紀委員になってしまった自分を恨んだ。あの日休んでしまった自分を恨んだ。
毎日不良におびえて校門で服装のチェックはもうしたくないし、そもそも冨岡先生がハチャメチャに理不尽が過ぎる。
もう嫌だよ炭治郎と善逸は廊下で再びため息をつくも、頭の中の炭治郎は頑張れとしか応援してくれない。無理だ……というかどこだよここ。

今日は今年度風紀委員と生徒会の顔合わせの日である。何をやるのかはわからないけれど、どうせ今日は顔合わせだけだと踏んでいた我妻は、率直に言おう、たるんでいた。
あと一番最初について二番目に来た人と微妙な空気の中一緒にいたくない。そんなわけで我妻善逸は集合時間ギリギリに教室に行こうとしていた。
中高一貫であろうと中学と高校の校舎は違うのにどこか迷わないという自信があったのもある。昔から慢心というものは身を亡ぼすというのに。

案の定迷っているこの状況に善逸は笑うしかなかった。生徒会室に向かったはいいが、鍵がかかっており集合場所はここではなかったらしい。どこだっけ。時計を見ると集合時間はもう間近。終わった、もうバックレて帰りたい。しかし何気に根は真面目な善逸はそれができなかった。兄弟の獪岳ならすぐにバックレていたであろう、……いや、獪岳も何も気に真面目だからバックレずにいたであろう。所詮兄弟というものは似るものなのだ。

そんなことはさておき、善逸は背中を丸めてとぼとぼと歩き出す。そんな彼の後ろ姿を見かけた女子が善逸に声をかける。女子に声をかけられたことで少しテンションが上がった善逸は振り返った、因みに上がったテンションは少しではない、とてもテンションが上がったと言うのが正しいのであろう。勿論顔はデレッデレである。

人が近づいているのは知っていたがまさか自分に話しかけてくるとは。そう、嬉々としてにっこり作った笑顔は女子の顔を見て崩壊した。さらば笑顔。
なぜならその女子の顔はかつて皆で討伐した鬼舞辻無惨そのものであったからだ。
終わった……、これから俺は体育館裏に連れ込まれて殴られるんだ、たすけて炭治郎と弱音を吐いても、善逸に暴力が降りかかることはなかった。


「あの、道に迷っているのですか?」
「ひぃっ、すみませんでした!!……ってえっ?」


この女子、無惨じゃないのか、そう思い善逸は女子の顔をまじまじと見つめる。顔はそっくりなのに声が違う。
これは女だからであろうか、いやそもそもかつての鬼の始祖が女になっているなんてそんなわけないだろう、いや、わからない、鬼がいない世の中とか……うん、もうよくわからない。善逸は考えることを放棄した。

兎にも角にも目の前にいる女子は無惨ではないらしい。どういう理由であろうと女子を困らせたはだめだと自身を律し、無惨と瓜二つの女子に向き直った。ついでに上履きの色からして上級生だろう。集合場所がわかるようであったら案内してもらおう。


「あの、生徒会と風紀委員が今日の放課後会議を開くらしいのですが場所がわからないんです」
「なるほど、私もそこに行くつもりでしたので……一緒に行きましょう?」


こっちです、そういって善逸は無惨似の女子に手をつかまれ廊下を歩きだした。女子に手を繋がれることに喜びを感じるものの、顔は無惨である。
筆舌に尽くしがたい感情を抑えながら善逸は口を開き自己紹介をした。もしこの女子が無惨なら手を振り切って逃げるか適当にやり過ごそう。

しかし返ってきた名前は鬼舞辻無惨という字体からして物騒な名前ではなかった。……ということはこの女の子は無惨ではない。いや、無惨であっても女の子ならちゃんと紳士的に扱うつもりだったとも。うん。なんて見当違いな考えを見出す善逸。それにしても佐原玲……なんて柔らかい名前なんだろう。


「どうかしたのですか?」
「ごめんなさい、知っている人に似ていたんで……」
「あはは、よく言われます」


無惨にそっくりですから、そう言ってのけた玲の顔は柔らかくなっていた。まるでそれが宝物であるかのように。おまけに玲の心音に変化した。そう、それはまるで無惨のことを愛しているかのような、長年連れ添った夫婦から時たま聞こえてくるようなそんな心地の良い音が。
まさか、と思い玲の顔を覗くと目が合う。玲はなぜ見つめられているのかがわからないのか善逸ににっこりと笑顔を返した。無惨という存在を知らないままで生きていたら多分その笑顔で惚れていたであろう。まってほしい、俺には禰豆子ちゃんが……!!そう口を開けたとき、玲の足取りが止まった。


「つきましたよ、生徒会と風紀委員の合同会議はここでしかやらないので覚えておくと楽ですよ」
「えっ、あっ、ハイ!!ありがとうございます!」


俺はここで失礼します!ありがとうございました!そう大声で言って善逸は部屋に入る。よかった、なんとか間に合った。時間はまだ集合時間にはなっていなかった。本当に良かった……。そうおもい席に着こうと顔を上げた時、生徒会側に先ほどまで見ていた顔が一つ。


「何をしている、さっさと席につけ」
「ひぃっ!!」


今度こそ終わった……。なんでここに無惨がいるんだよ、そう叫びたくなるのを我慢して善逸は風紀委員の席に座った。やだもう帰りたい。むり。そう考えて風景に溶け込もうとしていると善逸よりも後に人がやってきた。よかった、自分以外に遅刻しそうになった子がいるんだなぁ、と、思いそのドアの方向を見ると先ほど分かれた玲であった。

玲は善逸に手を振りながら無惨に近づき、何か筒状のものを渡した。無惨はそれを二度見したかと思うと照れたように咳ばらいをし、玲に礼を述べる。えっ、てか、まって、なんで無惨からあんな心音が聞こえてくるのさ。聞きたくなかったんだけど。
善逸が二人の方向をぼーっと呆けるように眺めていると玲が再び善逸の方向を向いて、口元に人差し指を一本立てる。えっ、付き合ってないの!?とそんなことを考えながら玲のお願いに善逸は数回首を縦に振った。


「じゃあね、無惨。いつも通りの場所で」
「……あぁ」


今見たぞ無惨、お前がその固い表情が緩んだのを見たぞ。善逸は叫びたくなるのを精一杯我慢して机に伏した。
えっなにあれ、あれで付き合ってないの。マジで?と善逸は心の中で大きく叫ぶ。なんで本当にあれで付き合ってないの、卑怯過ぎない?どこの少女漫画かよ。そんなことを考えていた善逸はこの会議に集中できず、のちに冨岡先生に怒られることを知らない。

そして、その数か月後に絶対に無惨からもらったであろう簪を嬉しそうにつけている玲を見かけ、末永く爆発しろと汚い高音をまき散らす自分がいることもまだ知らないのである。