流転




この世界はわずか一週間の周期で反映と滅亡を繰り返すインドの異聞帯。カルデアによって黒き最後の神は消滅し、この異聞帯も時期に消滅を迎える。そんな世界の空は血のような赤い海を作り出し、地上に咲いた天の花は辺りに花弁を振りまいていた。空に舞い上がった花弁が再び地上に降り注ぐ様はまるで雪のようである。

遠くで戦闘が行われているなか、此方にあるのは地に伏した一つの影ともう一つの人影。地に伏した一つの影は左胸を貫かれ、心臓を失い既に事切れている。苦しまずに死ねたのであろうか、その顔は驚きに満ちた顔すらもしてはいなかった。

もう一人の人影は人間ではなくサーヴァントであった。先ほどまで生き生きとしていた表情は削がれ、今は己が殺めた人間を眺め、心ここにあらずとはといわんばかりの表情を浮かべている。絶命した人間よりもこちらのほうが死人の顔であった。サーヴァントは一度死んだ存在ではあるが、そのサーヴァントでもそのような表情は浮かべやしない。生気を失った顔を浮かべているサーヴァント、蘆屋道満は座り、地に伏した人間の顔を震えた手で撫で上げた。こんなところで相まみえることになるだなんて誰が想像したであろうか。

心臓をえぐり出し殺した相手は遠い過去、平安時代において己と契りを結んだ女であっただなんて。

生前契った人間に出会うだなんてそんなこと神すらも予想はしていなかったであろう。どうしてこうなってしまったと叫ぶ心に、お前が殺したと彼女が語り掛けてくる。彼女はそのようなことは言わぬはずである。違うと言いたいのに己が右手に持つ心臓が彼女の死を突きつけていた。己が殺した事実は変わりようはないのだ。昔、はるか昔に己が殺さざる得なかった女を再びこの手で殺したである。花弁を振りまく天の花が忌々しい。振りまくのなら己が蹴散らしてしまおう、そう白い曼珠沙華を蹴り上げても彼女はすでに死出の旅に出ている。手を引き連れて戻すこともかなわなくなってしまった。

やり直したい、せめて殺める前に彼女の顔を見ていれば気づけていたであろうにと思う自分が心底恨めしかった。彼女の顔でしか判別できぬ己が腹立たしい。遠くでカルデアのマスターが空想樹を切ろうとしているのが把握できるが身体が動かない、動けない。走る虫唾、こみあげてくる嗚咽を抑える術を芦屋道満は持ち合わせてはいなかった。彼女がいたのならすぐにでもこの収まる嗚咽は彼女の代わりに道満の胸に居座り続ける。どうすれば時間を戻すことができるのであろうか、どうすれば。そうしているうちにカルデアのもう一人のマスターを殺すことも間に合わずに空想樹が切られてしまった。この異聞帯ももう終わりである。

──時を戻せないのであるならば、己が過去に戻ればよいのではないか?

聖杯によるサーヴァントの召喚システムなんぞそのようなものだ。抜け道などいくらでも作れば良い。彼女と己に必要な触媒はこの手に有している。先ほどまで生ぬるかった心臓はすでに冷たくなっているが十分に機能を果たしてくれよう。本来契約を結ぶはずだったサーヴァントはいくらでも簡単に押しのけることが可能である、己にはその力があるのだから。滅びゆく依り代をすり替え契約をブツりと解除した。

いつの世も女は人を狂わせる、それは世界すらも。





──召喚陣が正常に機能しない。

触媒となる遺物を使用しようともサーヴァントが召喚されることはなかった。なぜ、どうして。その言葉を吐く前に襲い掛かるスケルトンたち。何とか己の魔術によって敵を薙ぎ払うも如何せん数が多く、とても一人で捌ききれるものではない。もう一度召喚をし直す時間が欲しい。遺物でダメならば、この際己と似たサーヴァントがやってきてもそれはそれでよいだろう。いないよりかはマシである。そう思い、道を開けるためにルーンストーンを投げつけた。雀の涙だがないよりかはマシであろう。召喚陣を一度諦め再び生きるために走り出す。

空は焼け焦げ、建物は崩れ、世界は終わりを告げている。ここは特異点Fの冬木だという話は知ってはいたが、こうも世界は変貌しているのか。己とともにレイシフトに巻き込まれた可能性が高いマスター候補生とマシュ・キリエライトの保護をしなければならないというのに、今ここで合流をすれば足を引っ張りかねないのは己である。この地にすでに召喚されているサーヴァントの助力でも求めたいところではあるが、この特異点は何かがおかしい。サーヴァントはオルタ化し、此方に明確な敵意を持ち合わせているものを確認している。これは詰みというやつでは?と頭を抱えるも、一応私も魔術師なのだ。あきらめてどうすると己を奮い立たせスケルトンに立ち向かおうとする。魔力も回復した、マスター候補生に出会い、マシュ・キリエライトを保護したのちにこの二人だけでもカルデアに帰還させればよいのだ。大丈夫己が犠牲になることはなれている。スケルトンにぶつかることも何ならサーヴァントとさしでやり合おう、倒せはしないだろうが時間は稼げるはずである。

マスターが二人いるのならば一人は犠牲になって構わないのだ、現状サーヴァントを呼べていない私よりもサーヴァントを呼べる可能性が非常に高く一般人であれど有能な彼女が優先度が高い。ただ、もし可能性があるのであれば、先ほど何か不具合が生じていただけであるのならばもう一度サーヴァントを召喚しても良いのではないだろうか。ダメであればもうあきらめ、私はこの特異点を墓場としよう。私だって生きたいのだ、無為に命をこれ以上犠牲にはしたくはなかった。スケルトンが居ないことを確認をし、サーヴァント召喚詠唱を行う。スケルトンが近いがもう残された魔力も時間も足りない。足に矢が掠るも腕ではない。腕に矢が掠るも頭に掠ったわけではないと詠唱を唱え終えると地面が光で溢れた。辺りが光に包まれ出てきたのは一人の男であった。一言で言ってしまえば僧のような格好に身を包むもどこか西洋の道化師という印象も受ける。召喚された男は己と視線が合うと目を細め、辺りのスケルトンを一掃した。まってサーヴァントってそんなに強かったっけ。状況が呑み込めない私に男は私のほうに歩み、私の手を掴んだ。


「は、えっ?」
「ンンン、これは失礼。召喚が上手くいくとは思っておりませんでしたので」


なんて失礼なことをいうサーヴァントなのだろうかと思ったが命を助けてもらえたことも事実。おとなしくありがとうと笑いかけると男は少し笑みを浮かべながら私の頭を撫でた。ダメだ初対面で嫌味を言われたからか子供扱いを受けている気がしてならない。このサーヴァント背が高すぎる。そんなくだらないことを思いながらもサーヴァントに今の状況を説明すると快く協力をしてくれるようである。ありがたい。召喚ができないようだったらもう死ぬ覚悟で行動するつもりだったと述べると上機嫌な顔を浮かべていた彼の表情が一瞬曇った気がするのは気のせいだろうか。しかし自分にもようやくサーヴァントが……。そう思うと少し嬉しさがこみあげてくる。生存リスクも高まったのはそうであるが、相棒のような存在が居てくれるのだ。頼もしいことこと上がなかった。


「改めて、助けてくれてありがとう」


私の名前は松宮紬。そういった私に男は私の両手を握りしめながら真名は明かせませぬがリンボとお呼びくださいと返ってきた。じゃあ行こうかという私に対して、自分の両手を握りしめてくるくると回り楽し気に笑う己のサーヴァント。
なんだこの人。いぶかし気に見つめる私に対してリンボは何を考えているかわからぬ顔をしながら私により一層笑みを深めた。


「これから末永くよろしくお願いしますね、マスター」


道行きは遥かに長いのです、ばてぬように頑張ってくださいませ。その言葉に疑問を感じざるは得なかったが、特異点を修復する旅は始まったばかりなのだからリンボの発言はなんらおかしくはないのだ。こちらこそよろしくと掴まれた両腕を振り返すと未だに上機嫌なリンボもつられて腕を大きく振り返した。少し心配な旅路であるのは見ないふりをした。大丈夫なはずである。多分。


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