からもも




「あー……」


なんだかすごい最悪な落ちで終わった夢を見た気がする。夢にしては生々しい光景だった。途中まではよかったんだけどな、いや女を男のように育てる家のどこがいいんだ、とため息を一つつきながら春香はすれ違う人々に軽く会釈をして街を歩いていく。
過行く家桜が春の兆しを喜び、鳥たちと歓談に花を咲かせてるようでなんともまぁ微笑ましい。喜びとともに枝を揺らし花吹雪を上げる桜に春香は目を細めた。

夢の中でみた景色とはまるで違う、野ざらしにされた死体に群がり、噂、私欲にまみれた人間どもが跋扈していたあの時代とは。唾棄すべき光景ではあったものの、所詮は夢であった。夢に感情移入してどうするのであろうか。
夢の続きを見れないのではなく、あの夢に続きはないのだ。あの夢の中の春香は右大臣と左大臣によって殺されたというのに。夢ではあったが春香は一つ気にかかることがあった。


「無惨くん……」


あの夢の中の唯一の友達、鬼舞辻無惨。名前はごついのに本人は虚弱だったなとどうでもいいことを思い出す。
しかしあれは初見で読めない名前だった……。むざんは読めたが、鬼舞辻が読めなかった……。鵺の首をぶん投げられたときはあんな身体に力があるのかと驚いたが、医者が良かったんだな。無惨くん今頃泣いてないかな、でもまぁ平安時代だからもし実在していても無惨くんはもう死んでるか。ははは。……はぁ。
こんなにも季節も、気候も、温度も何もかも天は機嫌が晴れているのに春香の心は一向に晴れやしない。夢の件もそうだけれど、この渡良瀬春香15歳の高校入学前の春休み、絶賛迷子である。本当にここどこだよ。
平安時代に見知らぬ女の胎から生まれた時の感想が思わず口からこぼれ出る。夢の中で20年もいたとするならあの夢本当に凝縮されすぎじゃないか。

それにしてもさっきから同じところをぐるぐると歩いている気がする。親に春休み中に高校までの道を覚えておきなさいとせっつかれたはいいものの、やっぱりこの道よくわからない。さっきまで右に見えていたコンビニが今は左に見えている。

げに不思議な光景よなぁと扇子で仰ごうにも今扇子持ってなかったんだった。あの扇子は無惨くんからもらったんだよなぁ、本当に彼センスはよかった。扇子だけに。
今この場に無惨がいたのならひっぱたかれていたであろう戯言を心の中で思い浮かべてはへこんでいく。殺された季節を引きずっているのか、春香の心の中は冬が続いていた。ちなみにギャグセンスはいつも寒いので気にしたら負けである。
洒落が効いているのは無惨君のほうだよな、たまに嫌味も遠回しすぎて気づくのに数日を要した時もあったな。

にっちもさっちもいかないので飲み物を買うついでにコンビニの店員に道を聞くのおありかと、コンビニ向かおうとしたその時後ろから誰かに声を掛けられた。ナンパか、こんな昼間から?と思い無視を決め込み進むも、同じ声の主が春香の肩に手をかけてきた。こうなれば無視することもできない。
春香はしぶしぶ後ろを振り返るとそこにいたのはスーツ姿に身を包んだ一人の男である。黄色と赤色の髪の毛が春の日差しに照らされてキラキラと光っているが、目はぎょろっといておりまるでフクロウである。
もしこの人が夜の森にいたのであるならば迷うことはないなと春香がぼーっと見ていると目の前の男は少し顔を曇らせたもののすぐに顔をぱっと明るくさせた。存在がまぶしい。


「よもや、迷子か!」
「えっ、あっ、はい」


多分ぐるぐるとこの道を回っていたことがばれていたのであろう。恥ずかしい。そう思いながら顔を赤らめてうつむいた。
そういえばなぜこの人は声をかけてきたのであろうか。わけがわからない、いや声をかけてきてくれたのであるならばこの人に道を聞いてしまえばいいのか。


「すみません、お忙しいところ恐れ入りますが道を教えてはいただけないでしょうか」
「うむ!俺もそのつもりで声をかけた」
「ありがとうございます、えっとキメツ学園なんですけど」


場所わかりますか?そう春香が恐る恐る目の前の男に聞くと、男は俺の職場だと声高らかに言いあげた。なるほど教師の方でしたか。そう春香がこぼすと男は歴史を担当しているという。体育教師のような熱さをを有しているのに歴史科目担当とは。


「名前は煉獄杏寿郎という、四月入学予定のものだな?」
「渡良瀬春香と申します、おっしゃる通り高等部に入学予定です」
「そうかそうか、なるほど……」


入学前に学校までの道のりを確認することはえらいな!と背中をバシバシと叩かれた。痛いようで痛くない。あっこの人、己の人生で初めて見るタイプの人間だ。そう思いながら道案内してくれるという煉獄先生の後をついていく。道すがらいろいろと質問をされることにこたえていった。
なんの部活に入りたいのかと聞かれたときには弓道部に入りますと被せるように言ってしまったのに恥ずかしさを感じ、それを隠すかのように弓道が得意なんですと春香が言うと煉獄先生は知っているといわれてしまった。
なぜ知っているのか、そのことに少しの疑問を覚えるもきっと昔に県の新聞に載ったせいなのかもしれない。

春香は噂というものにとんと縁がない、というのもあいにく春香には友達と呼べるものがいないに等しく、本当に夢の中に出てきた無惨くんが初めての友達といっても過言ではなかった。
自分でも言っていることが悲しすぎるが彼は本当にいい人であったのだ。ボールが友達ならぬ弓矢が友達ということにはなりたくない。


「友達出来るといいんですけどね」
「できるも何も、皆君を待っているぞ」


もし友達ができないのであるならば、そうだな……俺が話相手になってやろう!困ったら社会教務室を訪ねるとよい、まぁ職員室のほうがよくいるが!と言ってのける先生。
優しいんですね、そういうと煉獄先生はきょとんとした顔をしながら君ほどではないと言い出す始末。あれ、初対面ですよね?そう疑問を口にすると煉獄先生はまぁそうかもしれんなとはぐらかせてきた。
これはもしや前々前世的な展開では?と思うもそんな与太話あるわけないか。


「さて、道は分かったかな?」
「あっはい、多分もう大丈夫です?」
「そう言われるとすごく俺としては心配なのだが……」


まぁ君が言うのなら大丈夫なのだろう!気を付けて帰りなさい、春休み明け君の入学を楽しみにしている。そう述べる煉獄先生に面映ゆくなる感情を抑えて学校を後にする。
夢のことはすぐには忘れられないが、これからのことを考えて浮き立つ足で岐路につくのであった。

帰りも少し迷いつつもなんだかんだで家に着き、とりとめのない一日を終える。無惨くん……あの夢の続きが見れぬものかと思いながら、床に就き目を伏せた。
意識が海底のように沈んでいく。もがこうにもこの海はゆりかごのように重く心地が良く、もがく気にもならない。春香の固く締めている唇から息が漏れ出していく。息が泡玉になり光にキラキラと照らされている。

──綺麗だ、そう登りゆく泡に手を伸ばすと誰かに手をつかまれた。えっ、待って怖い。身じろぐにもここは水の中、力はすべて抜け、抵抗も何もできやしない。
海面が近づくにつれて誰かの叫び声が聞こえる。聞いたこともない女と男の声である。
また生まれてしまうのだろうか、不思議とそんな考えが頭をよぎるもこの前つかまれたのは足か頭であったと思いなおす。ならばいったい誰なのであろうか。
恐怖よりも好奇心に負けた春香はその手を握り返す。
それと同時に春香は外に放りだされ、息も絶え絶えになりながら目を開くとそこには男女がいた。

いや、本当に誰だよ。


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