午前3時。 規則正しく生活している超健全なオレは当然ながら睡眠真っ只中である。そんなオレは携帯電話のバイブ音に起こされた。着信を知らせてくださるそれを忌々しげに開くと、表示されているのは彼女の名前。こんな時間にどうしたのだろう。 「……はい」 『あ! あの、ごめんね。寝てたよね?』 起こしちゃってごめん、と謝る声は震えていて、もしかして泣いているのではないかと心配になった。こんな深夜に何があったんだ。 「いや、大丈夫。どーした?」 『……怖い夢を、見たの』 「うん。どんな?」 あれ、今、オレ、なんつった? 怖い夢見たっつって泣きそうな子に夢の内容を聞こうとした? バカじゃね? 焦るオレとは対照的に彼女は落ち着いていて「えっとね」と夢の内容を伝えようとする。なんでだ。怖いんじゃなかったのか。オレに電話をして声を聞いて安心してくれたとかだったらかなり嬉しい、が、期待はしない。 「いや、思い出さなくていーよ。明るい話をしよう!」 『えっ、うん。わかった』 彼女が内容を言い出す前になんとか切り出せた。 明るい話ってなんだ。なにを話せばいいんだ、こんな深夜に。しかし話していないとオレは寝てしまいそうだ。眠くて働いていない頭を必死にフル回転させていると「あ」と電話越しの声がした。彼女がなにか話題を見付けてくれたらしい。助かる。 『さっきまで聞こえてた音が急に聞こえなくなるの』 「うん。なんの話?」 『不安にならない?』 彼女は不思議さんだ。そしてオレの問いには答えてくれない。会話がキャッチボールにならないけど気にしない。たとえ会話にならなくても話してくれるなら聞いていようと思う。 ところで、この話は彼女の脳内でどのように処理されて生まれでた話なのだろうか。ちゃんと着陸するのだろうか。離陸したら帰ってこないことがよくあるからいつも気になってしまう。 「例えば?」 『耳鳴りが……え、例え?』 「すいません、いいです。耳鳴りがなに?」 彼女に一方的に話をさせるのは聞いてないと思われ兼ねないと気をきかせて相槌を打つと失敗した。気にしないでスルーしてください。むしろ何故反応したんだ。 『ずっと鳴いてた蝉がピタッと静まり返ったりとか? あとは……なんかあるかなー?』 例えですか。そっちですか。耳鳴りのことは話してくれないのだろうか。 うーん、と悩み始めた彼女の次の言葉をオレは大人しく待つ。 『そういえば、虫って何を考えているのかな?』 「生きることじゃね?」 『たまに窓にぶつかるよね。かわいい』 「お前がな」 『人間も見習えばいいのにね』 「窓にぶつかることを!?」 窓にぶつかる虫にお会いしたことがないのでよくわからないのだが、人間は何を見習えばいいのだろうか。もっと必死に生きろということだろうか。誰か彼女を翻訳してください。 『命は尊いものだともっと自覚すべきなのだよ!』 「……そうっスね」 自覚したからといって病気が治るわけでも事故を回避できるわけでもあるまい。死ぬ時は死ぬのだ。多分、彼女が言いたいのはそれじゃない。なんとなく理解しながらもそれについては話さない。いや、話したくないだけだ。 『どうして人は生きているの?』 「生まれたからじゃね?」 『例えば、物語の登場人物はその物語に必要だから生まれてくるよね』 それは例えなのか? 生まれてくるというよりも用意されるという方がオレにはしっくりくる。 『彼らは作者の代弁者なんだよ』 「そーだね」 物語の登場人物たちは作者によって生かされている。では、現実の人間はどうだろう。神様? そんなもんいねぇよ。なんで生きているのか。そもそも答えは必要なのか? 『あっ! 明日早いからもう寝るね』 「おー、おやすみ」 『深夜にごめんね、ありがとう! おやすみなさーい』 「いい夢見ろよ」 相変わらず彼女の話はよくわからなかった。急に無音になる話から虫の話になり、命の尊さ、何故生きてるか、と転々と変わっていった。彼女の脳内ではこの話の流れは全て綺麗に繋がっているのだろう。考えていた内容の疑問をそのまま話題にする子だから。だが、人の話は聞かずに自分で答えを見付けてまた違う疑問をぶつけてくる。そんな彼女のおかげで現在の時刻は午前4時である。眠い。携帯電話をベッドに隣接している机の上に丁寧に置いて、オレは瞼を閉じた。 |