春菜 生まれつき動物とお話しすることができた。それが当たり前のことだと思っていた。物心がつく頃に自分が異常なのだと気付かされた。周りは言う。動物の言葉を解し、己の言葉を動物に伝えられる春菜を「獣」だと、「化け物」だと。けれど両親は違った。 「はるちゃんは特別なのよ」 「とくべつ?」 「そうだぞ。だから堂々としていなさい」 それでも周りは放っておいてはくれない。春菜を異形だと恐れるなら関わらなければいいのに。動物とお話しすればするほど人間から忌み嫌われる。次第に春菜の方から人間に近付くのをやめてしまった。 このままでは人間と言葉を交わせなくなってしまうかもしれないと心配した両親は故郷の村に引っ越すことにした。そこは閉塞的な村で隠し事のある人々が密やかに暮らしている村だった。ここなら春菜は人間と関わって生きていけるだろう。 □ □ □ 村に越してきてすぐに春菜は年の近い3人と仲良くなった。ひとつ上で同性の莉音(リネ)、二つ上で男の子の剣(つるぎ)と永久(とわ)。春菜が動物とお話しできることを知っても彼らは怖がらなかった。莉音は「猫と仲良くなるにはどうしたらいい?」と真剣に聞いてきたし、剣は「すげぇかっけぇな!」とはしゃいで、永久は「いい特技だね」と褒めてくれた。3人と遊んでいる時間は楽しくて幸せだった。 『はる、笑うようになった』 「?」 『うん。よく笑う。楽しそう』 動物たちも春菜が幸せだと喜んでくれる。 人間とも動物とも仲良くできる環境が春菜にとってかけがえのない大切なものになっていた。 □ □ □ 村で暮らして数年が経ったある日のこと。春菜に来客があった。彼は獣医という動物の怪我や病気を治す人らしい。動物と関わる人間からしたら春菜の特技は喉から手が出るほど欲しいものなのだ。 「私と一緒に動物を救いませんか?」 視線を合わせるために腰を屈めて春菜に微笑む彼も例外ではない。大きな街では忌み嫌われた春菜をこの人は必要としている。 「無理強いはしません。ここの村の方々はあなたを理解している。ここで暮らしていた方が幸せでしょう」 「どうして?」 「病院はご存知ですか? 診療所より大きくて患者がたくさんいます。あなたはそんな場所でたくさんの動物の声を聞かなくてはならない。……きっと辛い思いをさせてしまいます」 苦しむ動物たちの声を春菜が代弁しなくてはならない。助けられないとわかった場合は安楽死を選ぶことだってある。決して楽しい仕事ではない。年齢がまだ一桁の少女には割り切れないことだって多いだろう。 「……はるは役に立ちますか?」 「え?」 「みんなを助けられますか?」 獣医の彼は断られると思っていた。なのに、春菜の両親は「娘の意志を尊重する」と言うし、本人は周りに集まってきた動物たちに「大丈夫だよ」と声をかけてついてくる気が満々である。助けたい気持ちだけでやっていけるとは思えないし、トラウマを植え付けたくもない彼としては嬉しくない事態だった。 しかしそんな彼の心配は杞憂に終わることになる。動物病院で春菜は動物の声を代弁するだけでなく、動物たちを慰め励まし恐怖心を払拭することまでやってのけるのだから。 □ □ □ 村を出て動物病院で働くようになって数年が経ち、春菜はもうすぐ13歳を迎える。そんなある日のこと。 長くなった淡い黒髪を一房持ち上げて「切ろうかなぁ」と悩んでいた。そこへハムスターがちゅーちゅー声をかける。 『もったいない!』 『ぼくらの灰色!』 「あ、はるとおそろいだもんねぇ!」 春菜の髪は毛先が白に近く、頭頂部は黒く、グラデーションのようになっていた。この二匹のジャンガリアンハムスターとはカラーリングが似ているのだ。 ハムスター二匹と談笑していたら、慌てたように飛んできたツバメが窓から入ってきた。そのツバメは村で仲良くなった子だ。 『はるな、たいへん!』 「たいへん?」 『村がたいへん!』 なにがどう大変なのか考える間もなく春菜は動物病院を飛び出した。出るときに獣医が声をかけてきたけれど聞いていられない。村への道はわからないからツバメやカラスに案内をしてもらいながら必死に走った。 夕方でもないのに見える茜色。空に昇る黒はなんだろう。着く前に気付いた。村が燃えている。 ――おとうさん、おかあさん! じんわりと浮かぶ涙で視界が曇る。 母からたまに届く手紙で莉音は魔界の学校に行っていること、動物たちの話で永久は一人で遠出していて村にいないこと、剣は数日前から姿が見えないことを春菜は知っていた。彼らが無事でも彼らの家族はどうなのだろう。あの大火に飲まれているのではないだろうか。 『おい、なんで連れてきたんだ!』 『知らせた方がいいだろ!』 『はる! 進んじゃダメ!』 今まさに燃えている村の前で動物たちが春菜の進路を塞ぐ。そんな彼らを振り切って春菜は炎の中に突っ込んで行った。本能的に火の中に飛び込めない動物たちは必死に春菜の名を呼んでいた。その声に応えたのは彼女ではなかった。 |