十六夜 祭囃の音が聞こえる。 人が一人死んだくらいじゃ世界は揺らがない。なにも変わらない。最期の願いを叶えるために暗躍する彼は少しだけ困っていた。動き回りすぎたせいで疲れてしまった。笑えねぇ、と呟きながら木に凭れたまま空を見上げる。今宵の彼が嫌いなお月様は満月か。 『――を最後にしてよ』 彼女のわがままなんて無視すればよかった。あいつの願いを完遂していないのにこんなところでなにをしているのだろう。 人が近付いてくる。ゆっくりと首を動かしそちらを見た。 「こんばんは」 「どーも」 狐のお面を斜めにかけた男。異世界人だ。 初対面の相手には警戒心から『視る』癖がある。こんな千里眼のような能力を駆使して生かそうと足掻いていた人物が死んだ。なんであんなに必死になっていたのだろう。おかげで疲れてしまった。もうどうでもいい。ここで死んだって構わない。夢の中の『彼』がなにか言っているが耳を貸してやる理由もない。 「随分とお疲れのようだね」 「……まあな」 「名前を聞いてもいいかな? あ、僕はラウ」 よろしく、と手を差し出してきたラウに彼は怪訝そうに顔をしかめた。金の眼はメンドクサイと言っている。ラウはそんな彼のだらりと動く気配のない手を持ち上げて握る。勝手な握手だ。 「名前とか……あんたが決めていいよ」 「そうかい?」 彼の隣に膝を着いたラウは首を傾げた。じっと彼を見て、少し考える素振りを見せてからふんわりと微笑む。 「十六夜」 なんでよりによって彼の嫌いな月の名前なんだ。 「僕と一緒に来て。君を死なせるわけにはいかないんだ」 誰だよ、こんなやつを送り込んだのは。十六夜は溜め息を吐きながらラウの手を握り返した。 ラウはするりとお面の紐を解いて、狐のお面を十六夜に被せた。 「名前を偽るなら顔は隠した方がいいんじゃないかな」 「へえ。……ねぇ、どこまで知ってんの?」 気持ち悪いんだけど、と笑顔をひきつらせた十六夜に「知りたいなら視ればいい」とラウはなんでもないことのように言い放った。 「でも、そんなことで寿命を縮めたら怒るけどね」 十六夜の持つ能力の代償は生命力だ。使えば使うほど寿命が縮む。夢の中の『彼』が笑った。殴りたい。 別にラウに怒られるのはどうでもいい。ただ、少し気に入らない。押し付けられた狐のお面を見下ろしながら十六夜はムスッと表情を歪めた。 |