24日目 昨日、紅蓮と和解――というほどでもないけど――できた美雨は上機嫌に廊下をスキップしていた。あのあと部屋の前で待っていた灰流にぎょっとされてそんなに泣き顔が不細工だったのかと静かに落ち込んだりもしたけれど。なにはともあれよかった。 「足が動かないと知らされて1日しか経っていないのにスキップとは……本当になんとも思っていないのか」 「あ、灰流さん」 なんだか末恐ろしいものでも見るような目で見られた。そんなにおかしな行動だっただろうか。それより、なにか用があるのかもしれない。灰流を見上げれば、どこか安心したように表情を和らげていたから美雨は驚いた。心配をされていたのかな。 「これから薬園に行くんだろう?」 「うん」 「……送っていこう」 送る? 何を? と混乱している間に手を繋がれ、気付いたら歩き出していた。なにこれ。 * * * 薬園に着くと、ミケと白雪が驚いた表情のまま固まっていた。視線の先はもちろん灰流と美雨である。二人が手を繋いで現れたのだ。それは驚くだろう。 「帰りは――」 「し、白雪がいるから大丈夫だよ!」 「そうだな」 「送ってくれてありがとう」 「いや……」 送りだけでなく迎えまで頼めるわけがない。嬉しいけど、そこまで迷惑はかけたくない。白雪を指差して訴えれば納得してもらえてほっとする。白雪には睨まれた気がするけど。 するりと繋がれていた手が離れて、灰流は背を向けて薬園から去っていった。 「あんたら、いつの間に……」 「見せ付けられてもうたわー」 「えっ?」 いつの間にって何が? 見せ付けるって何を? 白雪とミケに挟まれて疑問符を飛ばす美雨に二匹は「付き合ったんじゃないの?」「まだ付きおうてないん?」と不思議そうに首を傾げた。何故そうなった。 「告白すらしてないよ!?」 「はあ?」 「それにしてはえらい優しかったなあ、灰流さん」 彼らから見た灰流は随分と優しくないらしい。 ミケの言葉に「それは……」と言い淀んだ美雨を気遣ったのか、白雪は「まあいいわ。早く着替えてきなさい」と背中を押した。 彼が優しいのは足のことがあるからだ。心配されている。嬉しいけど、なんだか少し悲しい。 * * * 夜。 晩御飯を食べ終わり、本でも読もうかとゆったり考えていた。昨日、読もうと思って借りてきた小説を取りに立ち上がる。すると晩御飯の片付けをしていた魅麗がくるりとこちらを向き、目が合った。 「あ、あの、美雨さま!」 「えっ、はい」 「少しお話しいいですか?」 切羽詰まったように名前を呼ばれて美雨はなにかやらかしてしまったのかと不安になったが、どうやら違うようで安心して椅子に座り直した。あれ、また本が読めない。 テーブルを挟んだ向かい側に立ちながら魅麗は話し出した。 「魅麗の両親は異世界人に殺されました」 「えっ」 「冥界に迷い込んでしまった異世界人に声をかけたところ『ばけもの』と罵られたあげく、刺殺されました」 「……」 「魅麗は久遠さまのお祖父さまが助けてくださいました。このことは久遠さましか知りません」 いきなり語られた魅麗の過去に美雨はどう反応したらいいのかわからない。何故、今、打ち明けたのか。 「魅麗は異世界人が嫌いです。憎いです。関わりたくもありません、でした」 ひゅっと息が詰まった気がした。美雨は異世界人だから、嫌われていたのか。憎まれていたのか。ずっと魅麗につらい思いをさせていたのだろうか。 『――第二の可能性は、誰かが美雨に悪意を向けている』 ふと脳裏に浮かんだのは灰流の言葉だった。詳しく聞くことを拒んだ言葉。悪意ってなんだ。それが向けられるとどうなるんだ。美雨は何も知らない。 「ごめんなさい。……美雨さまの足を悪化させたのは魅麗です」 「ど、どうやって?」 「え? それは……えっと、妖怪は妖気を纏って生きています。それは剣にも盾にもなるんです。魅麗はそれを美雨さまに悪意を持って当てました」 妖気の強さは妖力によって変わるらしい。魅麗は妖力の少なく威力も弱いけれど、悪意ある妖気は瘴気よりも即効性があり確実なのだそうだ。ちなみに紅蓮の瘴気混じりの妖気は必ずしも害を与えるわけではない。 「本当にごめんなさい!」 勢いよく魅麗は深々と頭を下げた。驚きながらも美雨は椅子から立ち上がり、魅麗の肩を叩いて頭を上げさせる。まだ言いたいことがあるのか、両手を胸の前でぎゅっと握りしめた魅麗は小さく深呼吸をした。 「このことを陛下にお伝えしようと思います」 「うん……?」 「……では、今晩はこのへんで失礼します。こんな話を聞いた後でなんですが、ゆっくりお休みください」 「うん。おやすみなさい」 また明日、と手を振ろうとした美雨に魅麗は素早く一礼をしてこちらには目もくれずに去っていった。あの話の後では目も合わせずらいか。 『魅麗はもう行った?』 「ふほぁ!?」 『あ、久遠だけど、美雨?』 「はっ、はい、美雨です!」 突如、どこからか声がして周りを見渡すがスピーカーらしきものは見当たらなかった。なにに向かって話せばいいのかわからないがとりあえず久遠の声には応えておいた。『夜なんだから大声出すなよー』と久遠はクスクスと笑う。 落ち着こうと思い、美雨は椅子に座った。 『気付いてないと思うけど、魅麗ちゃん死ぬ気だよ』 「……は? 死?」 『由良に話すんだろ? 美雨に攻撃してましたーって。妖怪が人間に手を出したんだよ? この世界では極刑ものなんだよね』 わざと明るい口調で言っているようでどこか焦っている。言い聞かせるように教えてくれたが説明する間も惜しいのだろう。この世界の極刑はなんだろう、死刑なのだろうか。 助けたい。でもなにをすればいい。魅麗が由良に話さないようにするのか。どうやって? 『由良は規律や規則に厳しい。容赦なく魅麗を罰すると思う』 「どうしたら……」 『地図はある?』 美雨は慌ててクローゼットの中にしまっていた地図を取り出し机の上に広げた。 「あるよ!」 『由良の部屋と魅麗が住み込みしてる部屋はわかる?』 「うん」 『魅麗は朝に由良の部屋に行くだろうから、ミケと一緒に先回りしてほしい』 久遠の声に耳を貸しながら目で地図をおい、脳裏で思い浮かべる。由良の部屋は灰流の部屋の近くだからわかる、行ける。ただミケの部屋を知らない。一緒に、と言われても遠回りして先回りを失敗させるわけにもいかない。 『あ、ミケは早朝は医務室にいるから。……朝早いけど起きられる?』 馬鹿にしたような言い方に少しムッとしながら「起きるよ」と言い返した。魅麗の命がかかっているならなおさら寝坊などありえない。 『任せてごめん。頑張って』 「うん」 『じゃ! おやすみー』 「お、おやすみ」 久遠の浮き沈みの激しい声音に戸惑いながらも美雨は就寝準備をする。 明日は具体的になにをすればいいのかがわからない。先回りして魅麗を説得するのだろうか。美雨にできるのだろうか。ミケにはどのくらい話していいのだろうか。もっとちゃんと聞いておけばよかった。 |