11月に爆ぜる心 アパレルサイト『ノーベンバー』とは霜月鷹也が数人のメンバーと運営しているサークルである。検索避けを施されているため、検索をしても引っ掛からない故に知名度は低い。だが、大学生の間では有名だった。 そんな彼らは宣伝方法にバンドを用いている。自らがデザインした衣装を身に纏い、大学で披露していた。 * * * 夏が終わる頃。キャンパスの片隅に建てられたプレハブの一室。プレートには『November』の文字。 見慣れた文字を見上げながら私、弥生奏はその扉を開いた。 「アラ、弥生ちゃん!」 「こんにちは。睦月さん」 出迎えてくれたのは睦月要さん。キレイめの女物の服を着ているが、彼は男である。女の私が羨むほどの美貌に艶のある真っ直ぐな黒髪。このオネェは神様に性別を間違えられて生まれてきたのだろう。非常に残念だ。 霜月さんはいないのかと思っていると奥から話し声が微かに聞こえることに気付いた。お客さんかな。 「鷹也なら、作曲家の……なんていったかしら? うーん、ま、誰かと話し中よ」 「作曲家、ですか?」 「えぇ。作曲家よ」 副業のような形ではあるがバンドもやっているこの謎のサークル。もちろん、本業は服飾だ。バンド側のお客さんなんて珍しい。あくまでもバンドは宣伝のための手段に過ぎないのだから。 「――悪い話じゃねぇだろ?」 「まー、そうっすね。けど、その歌姫ちゃんに会ってから考えたいです」 歌姫って、ボーカルを迎えるのかな。今のバンドメンバーはボーカルとベースを霜月さん、ドラムを睦月さん、ギターを私が演奏している。ちなみにこのサークルもといノーベンバーは三人しかいない。霜月さんの歌が聞けなくなるのは嫌だな。 話が終わったのか奥から霜月さんと知らない男が出てきた。一応、会釈をしておく。すると向こうは人好きの笑みを浮かべて会釈を返してきた。 「どーも。水無月律ですー」 「えっ、あ、こんにちは。弥生奏です」 「かなでちゃんは歌う?」 「いえ、ギターです」 水無月律といえば、話題に事欠かない天才作曲家じゃないか。本物か? なんでうちに?? 疑問符を飛ばす私に霜月さんがお茶を片付けながら教えてくれた。 「うちのバンドに演奏してほしいそうだよ」 「そー、作曲オレ、作詞が如月恋詞っていう小説家なんだけど知ってる?」 「まあ! 如月恋詞っていったら中高生に人気の恋愛小説家じゃないの!!」 誰それ、と思っていると睦月さんが興奮ぎみに食いついていた。水無月さんがちょっと引いてる。それより、小説家が作詞をするのか。 水無月さんの話によると、一般人の如月愛歌という18歳の少女の歌をCDとして残したいらしい。先ほど言っていた歌姫のことかな。CDジャケットは長月絵斗という画家が描くそうだ。聞いたことない名前だけどその業界では有名なのかな。 ノーベンバーが演奏するメリットはあるのか? 「ボクたちは今年で卒業だ。来年からは今までのような宣伝が出来なくなる」 「だから、オレがノーベンバーに楽曲提供して知名度を上げてやんよ!」 いや、知名度を上げたいならまず検索避けを外せよ! と思わずツッコミそうになった。 「知名度は別にいらないんだけどね、忙しくなるの嫌だし」 「そうねぇ。就職先も決まってるし、3つも兼務なんて……ねぇ?」 霜月さんと睦月さんは大学を卒業したら社会人になる。服飾は趣味で続けるって言ってくれて、アパレルサイト『ノーベンバー』は残るけどバンドサークル『ノーベンバー』はわからない。ちなみに、私は彼らの1つ下だからまだ卒業じゃない。 「んー……まあ、前向きに検討してくれよ」 水無月さんは「よろしくー」と言い残して部屋を出ていった。 * * * 数日後、水無月さんは如月愛歌を連れて来た。 愛歌さんは霜月さんを見て大きな目をさらに大きく開いて驚いていた。私と睦月さんと水無月さんが揃って首を傾げていると、霜月さんは微笑んで「久しぶり、愛歌ちゃん」と言った。知り合いなのか。 「えっ、鷹也さん!? わあ、お久しぶりです!」 「元気だった?」 「はい!」 なに、どういう関係なの? 混乱していてその場から動けない私は仲良さげに話す二人を見て眉をしかめた。そんな私に気付いたらしい睦月さんが耳元で「弥生ちゃん、顔やばいわよ」と囁く。顔がやばいって失礼な、元からこんな顔ですよ。 「なんだよ、知り合いだったのかよー」 「あ、はい。昔、病院で部屋がお隣だったんです」 愛歌さんの言葉に水無月さんは「へぇ」と霜月さんを見た。 霜月さんは心臓を患っている。それがどのくらい重度なのかは知らないけれど、ベースの重低音は霜月さんの心臓によくないらしい。だからバンドに本気で挑むわけにはいかないのだ。元々、服飾デザイナーが本命なのだと聞いているけど。 「キミは愛歌ちゃんの病気を知っているんですね」 「全部聞いてるし、唯一の親族にも了承は得ているぜ?」 「……そうですか」 愛歌さんも病気なのか。親族の了承を得ているということは歌うことは彼女の身体にはよくないのだろう。天才的な才能があってもそれを活かせる身体を二人は持っていない。神様はどうしてこうも不完全を好むのだろうか。 「鷹也さん、わたし……本気なんです!」 「うん。わかるけど、早まってはいないかい?」 「え?」 彼女は霜月さんに死ねと言った。たぶん、知らないんだ。病気が未だに心臓を蝕んでいることを教えてやりたい。知ればこんなこと頼みになんか来ないだろう。でもこれは霜月さんが決めることだ。私に口出しする権利はない。自分に言い聞かせながら落ち着こうと息を吐く。 私の隣では、睦月さんと水無月さんが二人の病気について話をしていた。霜月さんは心臓を、愛歌さんは肺を、患っていると。どちらも今回の企画で死ぬかもしれない。 「命を懸けるほどのことかな? キミはなにがしたいんだ? 死にたいの?」 「違います。死にたいなんて思ってません。……わ、わたしはあと2年、生きれるかどうかわからなくて、なにもないまま消えたくないんです! 最期くらいは好きなことを精一杯やっていたい!」 「そっか。……それで、後悔しないんだね?」 ふんわり微笑んで問う霜月さんに愛歌さんは力強く頷いた。 どうして霜月さんも長くないことに気付かないんだ。自分の願望ばかり、彼が本当にやりたいのはベースじゃないのに。音楽じゃないのに。 * * * 水無月さんと愛歌さんが帰ったあと、睦月さんは霜月さんにビンタをかましていた。私もやりたいと思ったものの、そんなことを言える雰囲気ではなかった。 「バカ!」 「ごめん……死期、早まっちゃうね」 「あの子のために長生きしなきゃって言ったのはアンタでしょ!?」 『あの子』というのは霜月さんと同じく心臓を患っている少年のことだ。「病気の種類は違うけど、同じ臓器を侵されているボクが長生きして少しでも彼の希望になりたいな」と病気を明かしてくれた時に言っていた。 ポロポロと大粒の涙を溢している睦月さんを見て、私まで泣いてしまった。しゃくり上げた私に霜月さんがおいでおいでと手招きする。彼の左肩には睦月さんが顔を埋めて泣いているので、私は彼の右側にお邪魔した。ぎゅっと二人まとめて抱き締めてくれてまた涙が溢れる。 「要、奏、……ありがとう」 私たち二人は幼い子供のように大声を上げて泣いた。霜月さんはあやすように優しく頭を撫でてくれた。 |