心に詠う 物語を浮かんだ通りに書き連ねる。俺はさくさくと原稿用紙にただひたすらに文章を書いていた。 近年、騒がれている新人小説家の如月恋詞。22歳。大学に通う傍ら小説を書いている。それが俺だ。 三回のノックの後、ドアが開き、愛しい妹である愛歌が顔を出した。自然と頬が緩む。 「お兄ちゃん、話があるの。少し時間いいかな?」 「ああ、構わない」 可愛い愛歌の誘いをこの俺が断るわけがない。〆切にはまだまだ余裕がある。思い浮かぶうちに書いておきたいが、俺の優先第一位は愛歌だ。 かたりとペンを置いて立ち上がると、膝あたりの骨が変な音を立てたが気にしない。だって愛歌が気にしていないのだから。気付かれなかっただけだけれど。 * * * 愛歌に案内されたのは何故か客間だった。そこにはいけ好かないあの絵描きといかにもチャラそうな男が二人掛けのソファに並んで座っていた。なんだ、こいつら。いや、誰だ? 特にチャラい方。愛歌とどういう関係なんだ。 「こんちはー」 「こ、こんにちは。すみません、突然お邪魔して」 「……」 俺がぐるぐると思考の渦中にいると、彼らは立ち上がり、挨拶をした。チャラい方、軽いな。絵描きはなんだか頼りない。 俺は愛歌に彼らの向かいのソファに座るよう促され、逆らうわけがなく従った。彼らも座る。 「初めまして。オレは水無月律、作曲家っす」 「僕は長月絵斗と申します。絵を描いてます」 「如月恋詞。……小説家です」 水無月律といえば話題の天才作曲家だ。確か俺より年上で、音楽の女神に愛されていると讃えられているほどの音楽センスの持ち主だ。最近、専属歌手との契約を切ったらしい。 長月絵斗は一年前に突然絵画界から姿を消して少し前にひょっこり帰ってきた画家で、俺と同い年だ。絵の表現力の高さ故に奇才ではないかと注目を集めている。 そんな大物二人が俺になんの用があるのか。 「単刀直入に言うと、作詞してほしいんすよ」 「……は? 俺が作詞?」 チャラい方もとい水無月律が何を言っているのかいまいちよくわからない。俺は小説家だ。作詞家ではない。隣に座っている愛歌を窺うと何故か俯いていて可愛い顔が見られなかった。 「そう! オレが作曲、あんたが作詞、こいつがジャケットイラスト、歌は愛歌ちゃんで――」 「ダメだッ!!」 愛歌が歌う? 何を言い出すんだ、こいつは! 大きな制止の声に長月絵斗は大袈裟なほどに肩を揺らして驚いていたが、水無月律はつまらなそうな表情を晒したと思ったら笑った。 こいつらは愛歌の病気のことを知っているのか。ふざけている。俺のたったひとりの肉親を死なすつもりか。 「お兄ちゃん、わたしは……」 「愛歌は死なせない」 「……あんたは自分の夢を叶えてんのに、妹の夢は叶えさせてやれねぇの?」 愛歌の夢と命、秤にかけるまでもない。 確かに俺は物書きになる夢を叶えた。だからといって愛歌に夢を叶えさせる理由にはならない。俺にはもう愛歌しかいないのだから。失いたくないのだ。 「ぜんぶ聞いたんすけど、治らないんすよね?」 「……っ」 「長く生きれても夢を叶えられずに死ぬ人生より、短くても楽しいと思える人生の方がよくないっすか?」 愛歌は肺が弱くて二十歳まで生きられるかどうかわからないと医師に言われている。あと二年でも長く生きていてほしいのに。俺が間違っているのか? いや、彼の言葉に惑わされてはいけない。俺はたったひとりの妹である愛歌の傍に少しでも長くいたいのだ。 「長月絵斗、おまえはどう思っている?」 「えっ、僕は……愛歌、さんの幸せそうに歌う姿を見てまた筆を持てて……すごく感謝してます……」 「ここにいる時点でオレと同じ考えだよ」 長月絵斗に聞いたのに、本人からは直接的な答えは得られず、何故か水無月律がでしゃばってきた。なんなんだ、こいつら。 「お兄ちゃん、わたしは歌いたい」 「だが、お前は――」 「だからこそ歌いたいの。わたしが残せるものっていうとなんかいやだけど、何もない人生で終わらせたくない」 愛歌に真っ直ぐ強い眼差しで見詰められ、言葉に詰まる。 『何もない人生』? 本当に愛歌には歌しかないのか。なんで、どうして、よりによって歌なんだよ。なんで死に向かおうとするんだ。どうして生きてくれないんだ。 「絵斗さんが描いてくれる絵で、律さんが作ってくれる曲で、お兄ちゃんが書いてくれる詞で、わたしは歌手になりたい」 「……」 「一度でいいの。わたしの生きた歌が欲しい」 なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで――おかしいだろ。 でも、わかってしまう。理解できてしまう。生まれた時からずっと見てきたんだから、どれだけ真剣か。言い出したらきかないような頑固娘だ。どんなに正しいことを言ったって食い下がってくる。俺に勝ち目はない。 「わかった」 「本当!?」 「おお! やったな、最高の曲を作ろうぜ!!」 愛歌と水無月律は立ち上がり、ハイタッチをかまして喜んでいた。その傍らで長月絵斗はポロポロと涙を流している。俺は普通に引いた。何故泣く!? そんなにか? そんなになのか?? 「なんで泣いてんだよ」 「わわ、どうしたんですか?」 「うぅ……っ嬉しくて」 長月絵斗の台詞に二人は同時に笑い出した。 俺はそんな三人を見ながら、作詞とはどういうものなのだろうかと悩んでいた。やるからには全力で挑みたい。しかも愛歌が歌うわけだから尚更、生半可な気持ちで書くわけにはいかない。 |