心の旋律 いつからか。オレの思うように歌わないヤツのために曲を作るようになったのは。いや、望んで作ってるわけじゃない。仕事だから仕方なく作った。 天才作曲家のオレの曲は、可哀想なくらい気に入らない歌になっていく。最近、人気のアイドルだかなんだか知らないが、オレの世界を理解しないヤツのために曲を作るのはもう嫌だ。 「ちょっと! どういうことよ!?」 「だから、オレはもうテメェなんかに曲は提供しねぇっつってんだよ」 「なっ、なによそれ!」 意味わかんない!と喚く女を無視してさっさと事務所から立ち去った。 オレは水無月律、25歳。話題の天才作曲家だった。 * * * これからどうするか。考えつつ街を歩く。足音を聞いていると譜面が心を埋め尽くす。何をしていても、何を聞いても、曲となりメロディを奏でる。 「〜♪」 ふと、壁に貼られている個展のポスターに目を奪われた。可愛らしい少女が路上で歌っている絵だ。この少女のために曲を作りたい。オレの曲を歌ってほしい。瞬間的にそう強く思った。 * * * オレはあの絵を描いた画家、長月絵斗に会いに行った。彼はひたすら絵を描いているらしく、家を出るのは例の少女の歌う姿を見に行く時だけなのだという。オレは呆れて何も言えなかった。 「多分、今日も歌っていると思います」 「毎日歌ってるんすか?」 「あ、ほら!」 絵斗が指差した先を見ると路上でピアノを弾きながら歌う少女がいた。しかし、この辺りはサラリーマンが多く主に急いでいる人が多い。立ち止まって聞いてくれるような人などいないだろう。少女はそんなことは微塵も気にした様子はなく、ただ幸せそうに歌っていた。隣にいる絵斗がスケッチブックを取り出したのでオレは少女が歌い終わるまで思い浮かんだ曲を譜面におこして待つことにした。 * * * それにしても長月絵斗の集中力は恐ろしいものだった。少女もとい如月愛歌が歌い終わるまでオレが話しかけても全く反応しなかった。愛歌いわく「わたしも最初は驚きました」と。今はいつの間にか散らかしていた画材を片付けている。 「あの、ところで……水無月さんはわたしに何か用があるんですか?」 「そうそう! 愛歌ちゃん、オレの曲を歌ってくんね?」 「わたしが?」 「うん、さっき君の歌声を聞きながら作ったんだ」 そう言ってオレは走り書きの楽譜を愛歌に手渡す。愛歌は譜面を見て驚いたのか目を大きく見開いてばっとオレを見上げた。え、何? なんかまずった? 「すっ」 「す?」 「すごいです! 作詞まで! あっ、もしかしてプロの方ですか?」 わあわあと愉しそうにはしゃぐ愛歌にオレは思わず笑った。楽譜ひとつでこんなに喜ばれるなんて……作曲家やってて良かったと心から思えた。きっとこの子なら、如月愛歌なら、オレの曲を大切に歌ってくれる。オレの理想の歌い手になりうる。そして彼女の歌声を、歌う姿を、もっとたくさんの人に見てもらいたい。可憐で魅力溢れる少女を知ってほしい。 ――しかし、その輝きが儚いものだとはオレはまだ知らない。 |