蟷螂から飛蝗に なんかよくわからない可愛らしい映画を他校の友人と観た帰り道。 一人でとぼとぼと歩いていると四肢のもげた息も絶え絶えなカマキリに出会った。カマキリは必死に何かを伝えようとするも唇を震わせるだけで声を発することはなかった。そこへどこからともなく現れた大きなバッタにカマキリがキスをして、死にかけのカマキリはバッタに乗り移った。私はその様子を呆然と見ていた。少し離れた場所には首のもげた大きなカマキリの死体が無惨にも転がっていて私は口を片手で覆い「吐きそう」と弱々しく呟いた。その言葉に反応を示したバッタはこちらを大きな眼で見たあと、さっさと跳ねて行った。私は家に急いだ。ドアを開けると右足を痛めた父があたたかく迎えてくれて少しほっとした。 次の日。 学校で学園一おモテになる美男子こと藤田夏生に廊下に呼び出された。地味で冴えない私にこんなキラキラした人は一体なんの用があるんだ。彼は手紙を寄越してきた。手紙といってもルーズリーフ4つ折り。「読んでくれると嬉しいな」なんて照れながら渡すものだから不覚にも私が恥ずかしくなった。それにしてもこの美形は配慮がなっていない。こんな人目につく廊下で手紙なんか渡されたら彼のファンの子たちや親衛隊にお呼び出しをくらうどころか酷いいじめにあうに決まっている。現に廊下の奥の教室の前で彼を見ていた可憐な少女は教科書をバサバサと音をたてて落としていた。何か見てはいけないような刃物まで横目で見えてしまったような気がするけど見間違いということにしておこう。藤田は何もなかったかのように「じゃあ、俺、次移動教室だから」とパタパタと足音を響かせて可憐な少女がいた教室の方へ走っていった。廊下は走っちゃいけませんよ。私は手紙をブレザーのポケットに雑にぶちこみ、教室の自分の席に着くとチャイムが鳴り、先生がだるそうに教壇に立った。 慌ただしい足音が聞こえると思ったら急に教室のドアが開いて藤田が青ざめた表情で先生を呼んでいた。「先生!大変なんだ……みんなが」先生はいたって冷静に、否、面倒臭そうに「どうした?」と藤田に返せば、彼は「みんなが、けがしてて」と少し言葉に迷っていた。つまり、流血沙汰なのかと私は思った。先生は顔色ひとつ変えずに教室を出て行った。それにならって藤田と野次馬数人も出て行く。教室内ではざわざわと、やがてがやがやと騒がしくなった。私の隣に座っていた小早川が「あんた、魔力全然ないのに…」と私を見て言った。私は言われた意味がわからなかった。小早川はそこそこ顔がいいのだが、意味深で不明瞭な言葉を吐く変人である。「魔力ってなあに?」好奇心に負けて聞いてみれば「なんだろうねぇ?」とそんなことも知らねぇのかよ的な顔をして言われた。昨日見たバッタの方が可愛いげがあったのかもしれないと思いつつ彼を見た。バッタと比べるのはどうかと思うけど……。 そこへクラスの女子数人が私の前に立った。中心のいかにも私がリーダーです的な女の子が「あなた、藤田くんに何をしたの?」と突発的で意味不明なことを言い出した。 この子はファンクラブの人かしら?それとも親衛隊の方かな?と思いながら「何も」と答えてあげた。「何もせずにあなたみたいな子が藤田くんに好かれるわけないわ!」と理不尽な発言をしたのはリーダーの右隣の大人しそうな女の子。女子って怖い。集団だと何も怖くないのね。しかし私は本当に何もしていない。彼との接点といえばクラスのみであり、好かれる要素も私にはない。平穏な学生生活を送りたいのに彼のせいで私は学園内の女子全員を敵に回さねばならんのか。私はブレザーのポケットにしまっていた4つ折りのルーズリーフを広げてみた。真ん中にキレイな字で「好きです」と書かれていて思わず「誰が?」とつっこんだら隣から「あんただろ」と返された。私が溜め息を吐くと目の前の女子にルーズリーフをひったくられた。「で、どうするつもり?」と聞かれても、振ったら振ったできっとこの人たちは私を蔑み、付き合ったらバレない程度に堂々といじめをするんだ。どっちにしろ地獄じゃないか。「美形って恋もできないんだなぁ」とか隣で暢気に言う小早川を殴りたい衝動に駆られたがなんとか抑え込む。私は笑みを貼り付けて「好きでもない人と付き合うつもりはありません」と言いたかった。しかし言う前に先生が帰ってきたのだ。なんというバッドタイミング。向こうの教室で何が起こったのかは詳しく聞かされることはなかった。可憐な少女と藤田だけが教室に戻ってきた。本当に流血沙汰だったんだなと少女のブラウスに付いた不自然な赤い斑を見て思った。何があったんだろうね? そんな不思議なおはなし。 舞台は黒薔薇学園中等部、存在しないはずの少女、古峰マヤの物語。 |