蜻蛉 いつからそうしているのだろう。いや、初めから見ていたけれど。 夏の窓際ほど辛いものはない。早く席替えしないかなとかそんなことを思いながら窓を見ていると柵にトンボがふらふらと止まった。風に煽られながら必死に柵にしがみついている。脱皮か。あれ、トンボって脱皮するのか? しばらく見ていたが動く気配がない。死んだか。柵に見事に隠されてこちらからは羽しか見えない。たまに風に羽が揺らされている。虫の生死に興味はないが、飛んで来た時から見ていたこちらとしては少し気になる。私の前で堂々と死ぬんじゃねぇよみたいな格好いいことを思いはしないが、そんなところで死なれてはアリが食べに来れないじゃないか。あれ、アリってトンボを食べるのか? 「古峰さん、聞いてるの?」 「……何?」 トンボに呆けていたら最近やたらと話しかけてくるクラスメートAに怒られてしまった。彼女は私が見ていた方を見て嫌な顔をする。ほう、可愛い女の子はトンボも苦手なのですか。何が怖いのかさっぱりわからん。何もしていないうちに嫌われるトンボが可哀想だ。さっきと羽の角度が変わっているのだけど、このトンボ大丈夫か? 「……こんな人のどこがいいのかしら」 あらあら。小声なのに丸聞こえですよ、お嬢さん。聞こえるように言ったのだろうけど。何かにつけて文句を言うのはどうなのだろう。そんなに藤田夏生が好きか。あの爽やか少年のどこに惚れる要素があるのかむしろ私が聞きたい。私なんかを好きになるような趣味の悪い男だぞ。それに配慮に欠けている。自身がどれほど学校内で注目を集めているのか気づいていないなんて馬鹿だ。藤田夏生は馬鹿だ。それに恋する奴らもきっと馬鹿だ。 「あ、トンボが」 「え」 彼女の声にはっとして柵を見るとトンボがいなくなっていた。飛んでいったのか、はたまた落ちていったのか。目の前の少女とあまり会話をしたくない私には聞くことが出来ない。トンボの旅立ちを見れなかったのもきっと藤田夏生のせいだ。どっちに旅立ったのか気になるじゃないか。 |