れいにーめらんこりっく 魔界と言われていても向こうと変わらず空はある。太陽も雲も月も星も。ただ魔力のある者が住む場所というだけなのだ、此処は。そして魔力ではなく妖力または霊力を持ちながら魔界に侵入してくる者達を退治している彼女等は今、雨に降られている。 「おー、雨」 「とうとう降ってきたね」 朝から曇っていた空から降り注ぐ雨はその強さを増していく。舞はハルバートに付着した妖怪の血が雨に流されるのを見ていた。明が鎮魂歌を歌い終える頃には二人ともずぶ濡れだった。 「あはは! すげぇびしょびしょ」 「笑ってないで早く城に戻るわよ!」 何が面白いのか笑っている舞に明は呆れながら早足で城に向かった。 * * * 「たっだいまー!」 勢いよく執務室の扉を開ける舞。 まるで家に帰ってきた子供のように元気に挨拶をする彼女にリュウは微笑んで「おかえり」を返した。来夢は舞を見てすぐ目を見開いて慌てて彼女をタオルで拭き始めた。 心なしか顔が赤い。明は雨で濡れてしまった資料を近くに来た久遠に手渡した。 資料を受け取った久遠は彼女にタオルを頭から被せる。 「ちょ、久遠!」 「お疲れさん。何か飲む?」 何するのよ、と続くはずだった明の言葉を遮った久遠は優しい声と表情をしていた。わかりにくいこの黒猫は雨の中で仕事していた彼女等を心配していたのだ。 舞は来夢に「着替えてください」と部屋から追い出されそうになっている。舞の服は薄いから。明の傍に久遠が来たのはその配慮だと明は思った。 「温かいココアを、舞の分もお願いするわ」 「りょーかい」 ふわりと微笑んだ久遠は踵を返して資料をリュウに渡すとポットの方へ向かう。明はボケっとそれを見ていたがハッと我に返ると、未だに舞に着替えるよう言っている来夢の助太刀に出た。 「舞、久遠がココア入れてくれるって」 「マジで!?」 「だからその間に着替えよう?」 久遠のココアが大好きな舞は目の色を変えると直ぐさま来夢と明の腕を掴み、部屋を出て行った。ばたんと閉まった扉を一瞥してリュウは出そうになった欠伸をかみ殺す。 「コーヒー飲む?」 「え、何? 優しいと怖いんだけど」 「殴るぞ」 リュウは笑いながら謝った。 * * * 執務室の隣の客室を勝手に借りることにした。あとで報告するし大丈夫だろう。二人は軽くシャワーを浴びてから着替えた。 舞は長い髪を来夢にドライヤで乾かしてもらっていた。こそばゆいのかふふふと不気味な笑みが聞こえて明は顔を歪めた。 「執務室に入った時にさー」 ドライヤの音に負けないように大きな声で言う舞に来夢が手を止めて話を聞くために向かいのソファに座った。そんな来夢にありがとーと笑う。明も来夢の隣に腰掛けた。 「久遠があたしに目もくれないで明の方に行ったから、 あたし、嫌われるようなことしちゃったのかなーって」 寂しそうに目を伏せた舞に、来夢は驚きで目を見開き、明は呆れて溜息をこぼした。二人の反応をどう受け取ったのか舞は困ったように笑った。ごめんね、と。 「あたし、馬鹿だからさ」 「違います」 「へ?」 来夢は真っ直ぐに舞を見詰めて「久遠くんは二人のことをとても心配していました」と言う。明と舞は少し驚いた。あの何を考えているのかわからない子をこの少女はまるでわかるみたいにはっきりと言ったから。 「それに、久遠くんは人を嫌えない人ですよ」 「きら、えない……?」 嫌わないではなく嫌えない。 久遠のこれまでの人生からして誰かを嫌ったり恨んだりしてもおかしくはないのに、と明は疑問に思った。 するとコンコンとノックの音が聞こえて来夢が「私が出ますね」とドアに向かった。 「あの子、何者?」 「鈍感かと思えば……すごいこと言ったわね」 「流石ジャックの奥様!」 舞の少しズレた発言に笑いながら、明は底知れない不安を振り払うために息を吐いた。ジャックの嫁ということしか知らされていない少女はどこまで久遠のことを理解しているのだろうか。 「(あの子を救ってくれたらいいけど、無理な気がするわ)」 深く踏み込めば互いに火傷をする。人を嫌えなくても拒絶は出来る。他人を傷付けてでも自分を保ってきたあの子はまた犯した罪に苛まれている。 |