7 まだ顔色の優れない来夢を家まで送って、来夢が家に入るのを見届けてから来た道を引き返して自分の家に向かう。ただ遠回りがしたかっただけかもしれない。ゆっくりと時間をかけて歩いた。 母はもう騙されないだろうから家に帰りづらい。 『蒼司』は死んでいるのだと理解して、現実を見て生きてほしい。じゃないと兄も母も可哀相だ。そう思う一方で『まだ大丈夫なんじゃないか、やり直せないか』と思っている。 母があさぎを兄と間違えたことから始まったあさぎの演技。 「僕がいない間、母さんを頼んだよ ――あさぎ」 兄の言葉に縛られ、母のため、自分のため、蒼司のため、と言い聞かせて続けてきた。 結局は誰のためだったのだろうか。 もうあさぎにはわからなかった。 * * * 深く息を吸って煩い心臓を落ち着かせてからドアを開けた。家の中は明かりを点けていないのか、夕方なのに暗かった。時が止まったかのように静かだった。 「ただいまー……」 控えめに言った声が不気味なほどよく響いた。スニーカーを脱いで廊下を歩く。 暗いといっても何も見えないほどじゃない。 リビングに入っていちばんに横たわる影が目に入った。床に広がる黒。 いつもなら西日が差す場所なのに閉ざされたカーテンが光を遮断している。 カーテンを引くより近くの電気を付けた。 横たわっていたのは母で黒は赤だった。 テーブルの上には白い封筒。意外と頭は冷静でそれが遺書だと直ぐにわかった。 * * * 通夜も葬式も気付いたら終わっていた。 そういえば兄の時もいつの間にかすべて終わっていたような気がする。 初めて袖を通したブラウスにブレザー、ぎこちなく結んだリボン、履きなれないプリーツスカート、痣を隠すためのニーハイソックス、降ろしたてのローファー、櫛で撫でつけて整えた髪。これが『あさぎ』? 制服に身を包んで、まるで自分じゃないみたいだ。 息苦しかった。 「あさぎさん」 家の前で待伏せていたかのように現れたのは鳩李だった。「貴女に話しておきたいことがあります」と丁寧な言葉。 鳩李の後ろにいたらしい久遠が彼の横に並ぶとぺこりとお辞儀をした。 父が複雑な表情で久遠を見ていた。恨みと諦めと哀れみとが混ざったような視線だった。 すっと鳩李が久遠を守るように一歩前に出る。 「よろしいですかな、青柳さん」 「ええ。構いません。 知ってどう思うかはこの子次第でしょうし……」 父はあさぎを一瞥して久遠を睨んだ。 どんな視線を向けられようが久遠は全く表情を変えず、普段の薄ら笑いさえ浮かべることなく無表情で堂々としている。 なんだか久遠じゃないみたいでこれから聞かされるであろう話に不安を感じた。 |