6 あさぎは家に帰ると母に腕を掴まれそのままリビングに連れていかれた。 テーブルを挟んで母の向かいの椅子に座る。 「翠川家のお嬢さんとケンカしたそうね」 「…………」 青柳家は翠川家無しでは成り立たない家だった。 助け合っている、否、青柳家は翠川家に助けてもらっているのだ。本当は小さく分家もない、財産も少ない、能力者も現れない、弱い家。 「蒼くんならこんなヘマしないのにッ!」 「え?」 驚いて聞き返した。 だって、今、母は誰を怒っているの? 兄じゃないなら『あさぎ』ではないのか? 母があさぎを見ている。 「……? 蒼くんじゃないならあなたはだれなの?」 あさぎを喜ばせた一筋の光は直ぐに絶たれた。 母の中には『あさぎ』という娘は存在していない。『蒼司』という一人息子しかいなかった。 「だれ!? 蒼くんの邪魔をしに来たのね? 青柳家を崩すつもりなんでしょう?」 あさぎは何も言えなかった。もう兄だと偽るのも限界なんだ。あさぎは『あさぎ』だもの。 母がテーブルに飾ってある花瓶を持ち上げ、あさぎに投げ付ける。 いつものように咄嗟に腕で頭を庇った。 「もう、無理よ……青柳家なんてっ」 花瓶が割れる。 破片が刺さる。 花が散らばる。 ――もう、いやだ。 * * * 翌日。 午前中にいなかったから休みかと思われた来夢は5時間目の始まる時間に登校してきた。 控えめなノックのあと、国語教師に連れられ席に着いた。顔色の悪い来夢を心配して近くの席の子らが声を掛けていた。どこと無く教室の空気が重く感じた。 国語教師が授業を進めようと黒板に向き直った時、ばたんっと音と共に「来夢ちゃん!?」「おい、翠川?」「大丈夫?」と騒がしくなった。 来夢が倒れたのだ。 国語教師が向かうより早くあさぎは駆け寄っていた。 「……らいむ?」 「青柳さん、保健室!」 「へ? あ。わ、わかった」 来夢の後ろの席の女子が混乱気味のあさぎに声を掛けた。 あさぎは周りに手伝ってもらいながら来夢をおぶった。思ったより軽くて女の子ってこんなに軽いのかとぼんやり考えながら保健室に急いだ。 * * * 放課後になって保健室に訪れると来夢は起きていた。 ベットに腰掛け、ぼんやりしている。 「来夢、もう大丈夫?」 「……うん。ありがとう」 来夢は俯いて「ごめんなさい」と謝る。後ろ向きな彼女は自分のせいだと思い込んでいるのだろう。 「帰ろう」 鞄を手渡すと顔を上げてあさぎを見上げる。 不思議に思い「どうした?」と聞くと「中身は?」と深刻そうに返された。筆箱しか入れていない。 真面目な来夢は置き勉なんてしないらしい。 あさぎは笑って「置いてきた」と言った。 来夢は溜息を吐くと「この不良!」と怒りながら困ったように笑った。 |