4 姿見の前でくるりと一周する。 包帯は見えないか、痣は隠れているか、念入りに確認をして薬品の匂いが漂う保健室を出た。 廊下では鳩李と保健医と担任と体育教師が話し合っていた。 鳩李はあさぎに気付くと人差し指と親指で輪を作り「バッチリ」と微笑んだ。 どうやら今年の体育の成績も大丈夫そうだ。 「青柳さん」 スタイルが良くて背の高い保健医が少し前屈みになってあさぎと目線を合わせる。 「体育の授業は保健室で受けることになったから、よろしくね」 「あ、はい。よろしくお願いします」 あさぎはぺこりと頭を下げる。 美人の整った顔を至近距離で見ると女のあさぎでも頬を染めてしまう。それほどに綺麗な人なのだ。 保健医は穏やかな笑みを浮かべたまま「傷も診させてね」と言った。 あさぎは鳩李に向き直り、「ありがとうございます」と丁寧に頭を下げると鳩李は頭をぽんぽんと優しく撫でてくれた。 鳩李には母のことも兄のことも自分のことも全部話している。彼も7年前の列車事故で息子を亡くしているのだ。あの列車には色の家系と彩の家系の人間のほとんどが揃っていた。唯一いなかったのは彩の家系である森山家の人間だけだった。何も失わなかったのは森山家だけだった。 * * * 次の日。 入学式や新1年生歓迎会という毎年恒例の行事を終えて今日から普通の授業が始まる。 毎朝いちばんに教室に入るのに今年はそうはいかない。 「あさぎ、おはよう」 「おっはよー! 相変わらず樹々は早いなぁ」 音無樹々の方があさぎよりも早いからだ。 彼は白百合病院に入院している。むしろ住んでいるといった方が正しい。それなのに病院にいたくないのか病院食が嫌なのか朝早くに学校に来て通学途中で買ったパンを食べ、お昼は久遠に作ってもらった弁当で、晩ご飯は久遠の家にお邪魔しているらしい。 「そーいえば、昇降口で鳩李サンに会ったんだ」 「へぇー……で?」 別に珍しいことでもないような、と思いながら先を促した。 鞄を机の横にとんと置いて椅子の背もたれを抱きしめる形で座り、後ろの席の樹々と向き合う。 あぁこの座り方じゃ来夢が来た時、抱きしめに行きづらいなぁ。 「何であさぎは体育、保健室授業なんだ?」 「……へ?」 樹々の疑問に頭が真っ白になった。背中に嫌な冷や汗まで流れた。 忘れていた。 樹々は心臓が悪く、運動をしてはいけないのだ。だから彼も保健室で体育の授業を受けている。 どうしよう、なんて言おう、知られたくない、言葉が出てこない。 「どっか悪いのか?」 俯いてしまったあさぎに樹々は心配そうに声を掛ける。 本気で心配している、不安にさせてしまった。 あさぎはふるふると首を横に振ると、顔を上げて笑ってみせる。 「そういうのじゃないさ」 「うん?」 「ただちょっと、ちょーっと込み入った事情がありまして……」 聞いてほしくない事情であると察したらしい樹々は「そっか、病気とかじゃないなら良かった」と安心したように笑った。 病気より質が悪いかもしれない。 |