2 兄は7年前に列車事故で死んだ。 乗客員は一人残らず焼死体となって帰ってきた忌まわしき事件に兄は巻き込まれたのだ。 最期の言葉だけ鮮明に覚えている。 「僕がいない間、母さんを頼んだよ ――あさぎ」 兄が家を出る前にあさぎに言ったのだ。 帰ってきた兄は焼け焦げてまともに見ることが出来なかった。 母は泣き叫んで兄を探していた。兄の遺体を前にしても「それは私の子じゃない」と喚いた。 6歳だったあさぎは幼いながらに母を助けなければと思った。兄の言葉のせいかもしれない。否、兄の言葉の おかげ だ。 それからあさぎは『兄』になった。 一人称も、髪型も、服装も、母が愛した兄になりたくて、母に愛されたくて、『自分』を消して『兄』になった。 * * * 来夢が教室に入ると、待ってましたと言わんばかりにあさぎは抱き着いた。 「来夢ちゃぁあん! おはよー」 「おはよう。あさぎと同じクラスとか久しぶりだね」 ぎゅうと一方的に抱きしめているあさぎに教室にいる生徒は奇異の目を向けたが来夢が嫌がるそぶりを見せないことからこれは彼女たちの挨拶なのだと理解した。これから毎朝この光景を目にすることになるのだが。 来夢は学校指定の制服にちゃんとリボンまで結んでいる真面目な女子生徒である。スカート丈は短すぎず長すぎず、本人いわく「階段下からパンツが見えない長さ」らしい。小柄で女の子らしくて守りたくなるような彼女はあさぎの兄と同じ事故で両親を亡くしていて、愛人の子である来夢は本家の人間であっても辛い立場にいるのだ。 あさぎは抱きしめていた来夢を解放し「来夢さん、お願いがあるのですが」と切り出した。 改まって言うあさぎを不思議そうに見ながら来夢は言葉を待ってくれている。 「筆記用具忘れたので貸してください!」 ぱんっと両手を顔の前で合わせてお願いのポーズ。困ったように眉を下げて上目遣いで「お願い」と首を傾げれば、あさぎでも可愛く見えるだろう。 あさぎは自分の顔がいい方だとは思っていない。 来夢は「そんなことで……」と溜息を吐くと鞄から筆箱を取り出し、消しゴム付きのシャーペンと何色かあるボールペンを差し出した。 「来夢、ありがとう! 愛してるっ!」 「大袈裟」 キーンコーンカーンコーンという学校特有のチャイムと同時に新しい担任が教室に入って来て、生徒を席に促す。 初めて見る先生ではないが知らない先生だった。 |