百花繚乱 | ナノ

     美しい白


 レオンがこの世界で最初に作ったのは人型ロボットだった。お世話になっている喫茶店を手伝うために作った女の子。バッテリーであるユリの花を頭に差してあるからかマスターに百合子と名付けられた。理子の趣味でメイド服を着せられているが、ウエイトレスとして働いている。彼女は普通の人間と遜色ない見目をしている。だからロボットだと公言せずにいた。

「た、たた、大変だよ!!」

 喫茶店の二階は住居になっていて、余っている部屋を男子部屋と女子部屋に分けて使わせてもらっている。
 レオンと永久が使っている男子部屋のドアをメイファが壊さんばかりの勢いで開けた。随分と焦っている。なにかあったのだろうか。
 永久が身支度の手を止めてメイファに向き直る。

「なに。どうしたの?」
「ゆ、百合子さんが……」

 ただならぬ様子にレオンと永久は顔を見合わせた。永久は百合子がロボットであることを知っている。多分、メイファは知らない。
 とにかく来て、と二人の手を掴んでメイファは女子部屋に入っていく。そこには横たわる百合子と傍らで戸惑っているリネがいた。
 三人に気付いたリネは青ざめたまま必死に言葉を紡ぐ。

「あ、あの、息してなくて……」
「ロボットだからな」
「みゃ、脈もなくて……」
「電気しか流れないからな」
「心臓も…………えっ?」
「作ってないからな」

 レオンの言葉にリネは固まった。メイファは頭上にクエスチョンマークを浮かべている。そんな二人に永久は「大丈夫だよ」と声をかけた。
 レオンは慣れた手付きで百合子の頭のユリの花を取って充電済みのユリの花を差した。すると静かな起動音と共に目を開ける。数回の瞬きのあとむくりと起き上がった。ただのバッテリー切れである。

「おはようございます。……どうかしましたか?」
「おはよ。バッテリー切れる前に言えって前に言ったよな?」
「すみません。スリープ中に切れたみたいです」
「なんでだよ! スリープする前に言えばいいじゃん、ってか充電しながら寝てくれないかな!?」
「それは……お二人がいたので」

 百合子がメイファとリネを見遣る。メイファは「あたし?」と不思議そうに首を傾げ、リネは気まずそうに俯いた。
 ロボットであることを知られてはいけないわけではない。百合子はなるべく隠していたいようだが、故障や破損をしてほしくないレオンとしては自分の預かり知らぬ場所で動けなくなってほしくなかった。自己管理能力を高めに設定してあるはずなのに感情のプログラムは中々思い通りに作れないものである。

「百合子さんはレオンが作ったロボットなの?」
「そーだよ」
「すごいね! 人間にしか見えないよ!」

 そう言いながらメイファは百合子に近付き、ぺたぺたと触る。素直に感心するメイファを見つめる百合子は目を細めて口角を上げていた。嬉しいのだろうか。

「レオンが褒められて嬉しいんだろうね」
「は?」
「誇らしいのかな」
「何の話?」

 永久の言葉がよくわからなくて聞き返してもよくわからなかった。百合子の話じゃないのか。なんでか作ったレオンよりも永久の方が百合子を理解している。変な感じだ。「天才のくせにバカだよね」と永久は溜め息を吐いた。うるせぇよ。

  ■ ■ ■ 

 緋眼の魔女リネ・アークを魔界に帰す依頼のため、理子が用意したのは護衛だった。しかも騎士団の中でも最上位の白騎士を二人もである。

「エメだよ〜。よろしくね」
「ラルドです。よろしくお願いします」

 エメと名乗った少年は小柄で可愛らしい装いをしている。仕草も態度も幼さが目立つ。
 ラルドはスラッとした細身の女性で、騎士団の制服を着崩すことなくきっちりと着こなしている。
 言われなければ性別を間違えてしまいそうな二人だった。

「現在、魔界は正体不明の化け物が闊歩していて大変危険ですので護衛を任されました」
「え〜っと、きみらは戦えないの? 魔女は戦えるよね?」
「あ、はい」
「一応、銃を扱えるけど……」
「オレは無力な天才科学者だから爆弾くらいしか使えないぜ」
「あたしわかんない!」

 全員、中距離か後衛タイプだった。こんなのが何故ラウと竜央の捕獲を任されているのか不思議である。

「ま、期待してなかったけどね〜」

 自称天才科学者の異世界人に記憶喪失の異世界人、銃が扱える孤児と気の弱そうな魔女。理子は出来れば魔界もなんとかしてきてほしいと言っていた。なんとか出来るのだろうか。

  ■ ■ ■ 

 この世界の土地は第0区から第15区の全16区に分けられている。喫茶店は青柳家が治める第2区『スイレン』にある。第15区『グラジオラス』、通称魔界には第13区『アリストロメリア』から船で行かなければならない。第13区には車で行ける。

「私が運転します」
「ラルドがボクじゃダメだって言うんだよ〜! ひどくない?」

 真っ白な車。メイファは初めて見るのか、興味津々に車を見詰めている。その横で車がどういうものなのかをレオンが説明していた。多分、聞こえていない。
 ラルドとエメは運転についてごたごた揉めている。そこに何故か莉音が巻き込まれていた。
 全員を眺めながら永久は考えていた。第13区は夏目家が治める地である。夏目といえば剣の名字だった。剣は両親を恨んでいたから村ごと燃やしたのだろうか。彼は冷静に考え込んでしまう永久とは違い、感情的になりやすく思い立ったら即行動するのだ。

「――誰かに唆されたらやっちゃいそうだな……」

 どうして竜央と行動を共にしているのか、あの村で剣は何を見て、何を知ったのだろうか。村を村人ごと焼失させたのに、永久は生きている。何故、殺さなかったのか。
 わからないことだらけだ。

「永久くーん! 車乗ろー!」
「置いてくぞー」

 いつの間にか永久以外は車に乗り込んでいる。運転手はラルドになったようだ。助手席でエメが不貞腐れている。メイファと莉音は三列目で、レオンは運転席の真後ろ。ちゃっかりいちばん安全な上座に座していやがる。
 永久が助手席の後ろの席に座り、シートベルトをしたことを確認してからラルドは車を発進させた。

「さっき、なにを考え込んでいたの?」
「……大したことじゃないよ」

 後ろから莉音が心配そうに問う。安心させるように努めて優しい声音で返した。レオンに睨まれた気がしたけれど、気にしない。
 心配性な彼女が悩む必要なんてない。春菜が望んだように莉音は巻き込まずに、莉音が望むようにまた四人で笑えるように、自分に出来ることをやればいい。

「もしかして、メイファさん……寝てる?」
「早ッ!?」
「乗る前にはしゃいでたから疲れたのかな」

 ラルドの疑問に後部座席の三人はメイファを見た。彼女はすやすやと気持ち良さそうに眠っていた。静かだと思ったら、寝ていたのか。不貞腐れているエメは肩を震わせて笑いを堪えていた。

  
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