26日目 美雨やミケは魅麗を救えたと思っていた。実際に魅麗は由良に告白していない。だが、彼女の罪を知る者と、三人のやりとりを聞いてしまった者がいた。 「……最悪じゃの」 カダはすべて知っていた。カダの額にある眼は真相を視ることができる。診断結果はわざとぼかしたのは、魅麗に自首をしてほしかったからだった。それがこんな形で由良に知られてしまうとは。 「久遠、カダ、おまえたちは共犯と見なすぞ」 昨日の朝、由良の部屋に向かっていた灰流は魅麗の話を聞いていた。あの会話だけではわからなかったので魅麗が一人になった時に問い詰め、その内容を由良に話し、今に至る。 玉座に君臨する由良、その傍らに控える灰流。手足を縛られ跪かされている魅麗。その後ろに久遠とカダがいる。 「なあ、一応魔王の使者である俺をあんたは死刑にできんの?」 「貴様ッ! 我らが王になんという口を……!」 「灰流」 冥界は魔界の中にある。前魔王との契約だったとしても、今の魔王が非道を好まない甘々だとしても、魔王の方が地位が上なのだ。そして久遠は魔王の愛猫である。由良の一存で刑は執行できない。 「あんたらも出来ればカダを死刑にしたくねぇだろ?」 「医者不足だからな」 「魅麗が死んだら某妖怪が暴れちゃうかもしれないぜ?」 「薬園が大変なことになるな」 ぽんぽんとなされる久遠と由良の会話はお互い楽しんでいるようで、この緊張感漂う空間には似合わなかった。 「取り引きしましょ♪」 笑顔を見せた久遠が一歩前へ進んだ、と思ったら由良の眼前にいた。しかもナイフを手に持っている。流石にカダも慌てた。灰流から放たれる殺気がやばい。そんなことはお構いなしに久遠は「誰が魔王の愛猫だ、ふざけんなきもちわりぃ」と悪態を吐いた。 * * * 取り引きの結果、魅麗の処刑は美雨が自身の世界に帰ってからとなった。そしてその条件がミケから魅麗の記憶を消すことである。すべては美雨がいなくなってから。だから美雨に知らされることはない。 魅麗は取り引きを持ち掛けてくれた久遠と寛大な処置をしてくれた由良に感謝した。ミケも美雨も魅麗のせいで傷付かずに済む。ただ美雨に後遺症を負わせてしまうことだけが心残りだが、それ以外に思い残すことはなにもない。これでいい。よかった。 「ミケさま!」 「ん? どうしたん?」 「魅麗は幸せです」 「えっ、なんなん、素直な魅麗ちゃんとか嬉しいけど怖いわぁ……」 「どういう意味ですか」 忘れられてしまうのは悲しいことかもしれないけれど、大切な人が健やかに過ごせるのならそれがいちばんいい。そもそも魅麗を忘れたミケに魅麗は会えないのだから大丈夫だ。 * * * カダと久遠は医務室で薬の調合をしていた。 「健気じゃのぉ」 「……」 「久遠、これ以上の余計なことはしない方がよい」 「……」 なにかを考えているのか、久遠は一切カダの声に応えない。昔は妖怪の死などに興味さえ見せなかったというのに随分と丸くなったものだ。白雪を連れてきた時にも同じようなことを思った気がする。さくらの時は違う。あの時の久遠に助ける意志はなかった。ただ妖怪だから連れてきた。気に入らなければ殺しても構わない。そう視えた。 「……変わったのぅ」 助けたい、死なせたくない、と足掻く孫の姿を祖父である竜遠はどう思うのだろうか。喜ぶだろうか。悲しむだろうか。あるいは、哀れむのだろうか。 * * * 今朝、美雨の部屋に朝食を持ってきてくれたのが魅麗ではなく幼い妖怪だった。その子は喋れないみたいで、魅麗のことを聞いてみても首を傾げるだけだった。もしかしたら言葉が通じてなかったのかもしれない。 魅麗のことを心配しながら薬園の作業をしていた美雨はお昼近くになってから気付く。 「あれ……白雪は?」 白雪も今日は見かけていない。薬園にはミケと美雨しかいなかったのだが、気付いたらミケもいなくなっていた。少し寒気がした。どこかに行くって言ってたかな。聞いてないと思うんだけど。 薬園に備えられている機械の稼動音だけが虚しく響く中、美雨は立ち尽くしていた。すると、薬園のスライド式の扉がギギギと音をたてて開く。美雨は思わず肩を震わせた。 「美雨さま! お弁当をお持ちしました」 「昼休憩やでー」 魅麗とミケだった。ほっとした。 「立て付けが悪くなりましたね」 「ホンマになー、いつか閉じ込められそうやんなぁ」 薬園に閉じ込められたらどうなるんだろう。もし閉じ込められても電気をつけていたら誰かが気付いてくれるはず……たぶん。 「あ、そういえば、白雪は?」 聞くと二人は顔を見合わせてから何故か空を見た。つられて美雨も見上げる。どんよりと曇っている。雨が降りそう。 「逃げたんちゃう?」 「きっと隠れてますね」 「えっ?」 どういうことだろう。 * * * 美雨たちは食堂でお昼ごはんを食べてゆっくりしていた。 窓の外を眺めていた魅麗が「あ」と小さく声を上げる。外は雨が降っていた。 「いらっしゃったみたいです」 「ほな、ちょっと挨拶に行ってくるわ」 「?」 立ち上がったミケに魅麗はいってらっしゃいと手を振る。美雨はよくわからないまま、ミケは食堂を出ていってしまった。 「えっ、どこに行ったの?」 「ちょっとした知り合いに会いに行かれました」 白雪がいないこととは関係があるのかな。 |