百花繚乱 | ナノ

     永久


 永久は母親以外の家族を知らない。それとなく話題にしてみたこともあったが、母は頑なに話したがらなかった。
 母と二人、色んなところを転々と居を変えて、長いことひとつの場所に留まることはなかった。まるで隠れてるみたいだと思った。
 だから永久は友だちを作らないようにしていた。すぐに別れてしまうのなら初めからいない方がいい。そんな冷めた思考と態度も相まってどこにいても馴染めなかった。

「なあなあ、おまえ、昨日越してきた家の子だろ?」
「そーだけど……なに?」

 もう片手じゃ足りないほど引っ越しを繰り返した頃、今度は小さな村に住むことになった。
 永久は井戸に水を汲みに行く道中で同じ年くらいの少年に話しかけられた。剣と名乗った少年は永久がいくら冷たい態度をとってもめげなかった。それどころか同年代の少女も交えて毎日遊びに誘ってくるのだ。心根は冷めてはいない永久はいつの間にか剣と莉音にほだされていた。

  □ □ □ 

 村に馴染んで数年が経った頃、春菜という少女が引っ越してきた。最初、剣の後ろに隠れていたので控え目で大人しい子だと思っていたのに、剣と同じくらいやんちゃだった。好奇心旺盛な剣のやることなすことに春菜は興味津々で二人してはしゃぐのだ。そんな剣と春菜を窘めるのが永久の役目になっていた。

「……今日はなにしてんの?」
「あ、とわー、見て見てぇ!」
「セミのぬけがらー!」

 二人が蹲っていたからなにをしているのかと覗いてみるとセミの抜け殻をきれいに並べていた。よくもまあそんなに集められたな。
 隣から「ひっ」という小さな悲鳴が聞こえて、永久が莉音を窺うと彼女は怯えていた。抜け殻なんだけど怖いのか。永久はそっと莉音の手を握って安心させた。春菜と莉音は同じ女子なのに全然違う。永久の母親は莉音と同じようにセミの抜け殻を怖がりそうだ。臆病な人だから。

  □ □ □ 

 母が何も言わないから気にしないふりをしていたが、この村にはいつまでいるんだろうか。
 春菜が動物病院、莉音が魔界に行ったから剣と二人になってしまった。随分と寂しくなったものだ。気付いたら二人で行動することもなくなっていた。
 水を汲みに井戸に来た永久は井戸のへりに腰掛けている少年に訝しみながら声をかけた。

「なにしてるの?」
「え? あー、この村の人?」
「……そうだけど」

 剣とは違う金髪というより黄色の髪の少年は「ふぅーん」と興味なさそうに永久を見た。なんだこいつ。

「オレは向こうの街から来たレオンっつーんだけど、あんたは?」
「永久」
「突然だけど、異世界人って知ってる?」

 いせかいじん? と復唱して疑問を飛ばしてやると「知らないならいい」とへりから立ち上がり、そのまま去っていった。
 翌日に永久はまたレオンに会った。今度は、村人のあまり通らない工場に続く道の方から向かってきたレオンが永久に声をかけたのだ。

「よっ! 昨日ぶり」
「……」
「そんな怖い顔しなくたっていいだろ。……ちょっと調べものをしてるだけなんだから」
「調べもの?」

 彼はなにかを探しているらしい。昨日言っていた異世界人というやつだろうか。この村にはそれがいるのだろうか。

「ま、全然情報掴めなかったからもう帰るんだけど……あ、よかったらオレが世話になってる店にこいよ」
「はあ? なんで」
「いーじゃん。これもなにかの縁だろー?」

 そんな縁なんて結びたくない。
 そう思う永久などお構いなしにレオンは地図を押し付けて「じゃーな!」と手を振りながら帰って行った。
 しかし、永久は街に興味があった。あそこならこの閉塞的な村より情報が溢れている。父についてなにか知れるかもしれない。そんな淡い期待を抱えながら地図を見下ろした。

「なにこの地図……雑」

  □ □ □ 

 それから永久は街に出掛けるようになった。レオンがお世話になっているという店は表向きは喫茶店だが、実は王宮と繋がっているらしい。レオンの調べものは女王様に頼まれたものだとか。詳しくは聞かなかったが、永久は父親の情報を探す傍らで店の手伝いも始めた。

「そういえば、言ってなかったと思うけど、オレ、異世界人なんだ」
「は?」

 急になにを言い出すんだ。異世界人を探していたんじゃないのか。異世界人だから異世界人を探しているのか。いや、頼まれ事だから関係無いのか。
 ちなみに異世界人とはこの世界とは異なる世界から来た人々をさす言葉だ。今のところ、帰る方法はわかっていない。と、永久はマスターから教えてもらった。

「姉さんを探してて、そんで帰る方法も探してんだよ」

 いつも明るく騒がしくて悩みなんてなさそうに見えるレオンは一瞬だけ視線を下げてまたいつものように笑った。永久はどう言葉を返せばいいのかわからなかった。

  □ □ □ 

 いつものように街に出掛けるために家を出ようとドアに手をかけた時、母親に不思議そうに問い掛けられた。

「最近、どこに行っているの?」
「え?」
「ごめんなさい。あなたの行動に口出ししたいわけではないの、ただ少し心配で……」

 驚いて振り返ると、母は慌てたように言葉を続けた。少し迷ったあとまた「ごめんなさい」と呟くと俯いてしまった。
 父のことを探っていることは言わないでおこう。多分、彼女の地雷だから。余計に心配させてしまうかもしれない。

「友だちができて…………街に、行ってきます」
「そう、なの? 勘繰ってごめんなさい。いってらっしゃい」

 安心したように微笑んだ母に永久もほっと息を吐く。もう一度「いってきます」と言って家を出た。
 これが母親との最期の会話だった。
 その日、永久が喫茶店で働いている間に村は劫火に襲われていた。

  
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