百花繚乱 | ナノ

     剣


 家族というのは父がいて、母がいて、子は両親に愛されて育つのが当たり前で一般的なことだと思っていた。だから剣は莉音や永久の家庭に驚いた。両親に放っておかれている莉音。母親から愛されながらも父親のことは一切知らされない永久。
 剣は恵まれている。夏目という家に生まれて、実家から逃げるように家族3人でこの村に来たけれど。
 春菜と出会って彼女が愛されている娘であることに安心した。自分だけじゃないことに安堵した。

  □ □ □ 

 剣と春菜が騒いで、それを永久が鎮めて、その傍らで莉音が笑う。そんな4人は度々剣の家に泊まっていた。

「あ、あのね!」

 もう片手では数えられないほど剣の家にみんなで泊まったある晩。枕を抱えた春菜は怯えながらも秘密を打ち明けてくれた。思わず「すごい!」とはしゃいでいたけれど内心では彼女も普通でなかったことに恐怖した。こうも周りが普通じゃないとなると自分にもなにかあるんじゃないかと不安になる。
 剣と両親は逃げるようにこの村に来た。どうして逃げなければならなかった?

  □ □ □ 

 春菜が動物病院、莉音が魔界の学校に進学してから、永久を見かけなくなった。村を出て父親の手かがりでも探っているのだろうか。
 4人がばらばらになって数年が経ったある日のことだった。剣は見たことのない少年に出会った。

「なあ、この村の人?」
「っ! え、う、あ……」

 ふわふわと自由に跳ねまくっている髪の毛、袖や裾がほつれている薄い服、薄幸そうな少年だった。言葉を詰まらせていた彼は戸惑いながらある建物を指さす。

「ぁ、あそこ」
「ん? ……工場だよな? 働いてんの?」

 剣の問いに少年はこくこくと頷いた。
 村の奥にひっそりと聳える工場。なんの工場かは知らない。近付いたことすらない。そこで少年は働いていて、どうやら昼休憩の合間に抜け出してきたらしい。

「俺、剣! お前は?」
「え、あ、と……トキ」
「よろしくなー」

 にっこり笑って握手を求めるとトキはおずおずと応じてくれた。
 それからトキとは同じ時間に同じ場所で毎日会った。川辺まで歩いて魚の話を聞かせたり、一緒に剣が持ってきたお昼ご飯を食べたりした。弟ができたみたいで嬉しかった。永久は同い年だし、莉音や春菜は妹というよりもお姫さまだった。もともと面倒見のよい剣はトキのことが放っておけず弟のように可愛がっていた。
 しかし、そんな日々は長くは続かない。
 剣がいつものように例の場所に向かうとそこにはトキが作業服の男二人に囲まれていた。工場の人達だろうか。

「おいおい、なに勝手に出てっちゃってんの?」
「……ひっ」
「なめてんの? ばかなの?」

 怯えたように身を縮めたトキの手首を男が掴み、持ち上げる。もう一人が躊躇いも容赦もなくトキを足蹴にする。目の前の光景に驚いて一瞬怯んだ剣は勇気を振り絞ってトキの手首を掴んでいる男にぶつかりに行った。

「ああ? なんだこのガキ」
「トキを離せ!」
「つ、つるぎ! だめだよ、逃げて!」
「てめぇ、外にトモダチ作ってんじゃねーよ」

 男は15歳のこどもに突進されたくらいじゃよろめきもしなかった。それどころか剣さえも持ち上げられてしまう。宙ぶらりんながらじたばたと暴れても効果はなかった。剣がきゃんきゃん喚いていると、もう一人が怒鳴りながらトキを殴る。

「トキ!!」
「あ、気絶しちまった……まあいいか。そいつも連れてこーぜ」
「そうだな。知られちまったし」

 なにを言っているのか疑問に思う間もなく、手刀が下ろされ剣は気を失った。

  □ □ □ 

 目を覚ました剣は小さな部屋(というよりも物置小屋)に横たわっていた。部屋には一人したいない。トキはどうなったのだろう、無事だろうか。起き上がろうとして足首と手首が縛られていることに気付く。

「なんてことしてんだテメーら!!」

 手首の縄を解こうともがいていると、誰かの野太い怒鳴り声が扉の向こうから聞こえた。扉を隔てた向こう側に人がいる。床を這ってなんとか扉に近付き耳をそばだてる。

「あのガキは世界四大貴族夏目家のご落胤だぞ!」
「な、なんでこんな村にそんな坊っちゃんがいるんすか」
「四大貴族ってなんすか?」

 世界四大貴族とは北の福沢、東の樋口、西の黒月、南の夏目家の四つの家のことである。家といっても世襲なのは夏目だけで他は不老だったり成り上がりだったりする。淡々と説明した男は扉の前にいたらしく、声が近くて剣は肝を冷やした。剣は改めて息を殺して聞き耳を立てる。
 実家がすごいことはわかった。だが、『ごらくいん』ってなんだ?

「剣様はお母様が夏目家でいらっしゃるから正確には落胤ではありませんが……」
「そこはどっちでもいーだろ」
「そんなことよりもこのことが夏目家に露見されたらタダでは済まないでしょうね」

 ふぅ、と困ったように息を吐いてから男は言う。

「まぁ、この村にいるということは夏目家とは縁を切っているとも考えられます」
「うむ」
「どうしますか?」

「こんにちは」

 「は?」「え?」「どこから?」と慌てた声がしてからばたばたと倒れる音。扉の向こうではなにが起きてるのか。剣は思いきって扉に頭突きをかまして音を立てた。

  
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