レモンキャンディー







「痛い」


痛い痛い痛い痛い。
まるで呪文のように呟く***の声が部屋に響く。
例えるならば、この痛みは火にあぶられてる感じ。
いや、違う。
先が鋭いものでチクチクと刺されてる感じ。
これも違う。
そうだ、紙やすりで削られてる感じだ。
ぴったりな例えが見つかった、と彼女は満足げに笑みを浮かべる。
だが、痛みが和らぐ気配はないので問題は何一つ解決はしていないのだ。
それを思い出し彼女はまた痛い痛いと呟きだした。


「どうしたのー?」


***がソファーでじたばたとしていたら、頭上に影がかかった。
蒼い目がきょとんと彼女を見下ろしてる。
彼――ファイに向かって***は不満を洩らした。
「口の中が痛い」、と。


「甘いものばかり食べるから虫歯にでもなった?」

「ううん。違う。私、そんなに甘いもの食べないし」

「虫歯じゃないなら…舌でも噛んだ?喋りすぎで」


茶化すようにファイは笑っている。
***は眉間に皺を寄せた。
こっちは口の中が大惨事なのだ。
笑い事ではない。


「違う」

「じゃあ、どうしたの?」

「…キャンディ舐めてたら口の中切れた」

「あぁ、あるある」


納得したように彼は頷いた。
「でも、オレにはどうにも出来ないなぁ」
と、彼はまたへにゃんと力の抜ける笑顔を浮かべてきた。
***は大きく溜息をつく。


「すっごく痛い…」


たかがキャンディにこれほど苦しめられるだなんて思っても見なかった。
彼女がまた痛い痛いと呟きだすとファイがよしよしと頭を撫でてくれた。
けれど、頭を撫でてもらっても口の中の痛みが減ることはない。
不満げに彼女が思っていると、ファイが原因を尋ねてきた。
少し躊躇ってから、***は答えた。


「…キスの味がさ、知りたかったんだよ」

「…はい?」


間の抜けたような聞き返す声が聞こえた。
なんとなくこういう反応が返ってくることは予想できていた。
***は惨事の原因であるキャンディーの包み紙をテーブルの上から手に取った。


「昔誰かが何処かで言ってた。“ファーストキスはレモン味だ”って」


誰が言ってたかなんて覚えてない。
だけど、誰しも一度は聞いた台詞でしょ?と彼女はファイに尋ねた。
だが、彼は知らないなと首を横に振った。
ということは、彼女の世界でだけの話なのだろう。
そんなことを考えながら、黄色い包み紙をカサカサといじる。
皺くちゃになった紙からはほんのりと甘酸っぱい香りがしていた。


「だから、レモン味のキャンディ舐めてみたの。そしたら、口の中切れた」


少し力を入れすぎた。
***が「あ」と呟いたときには包み紙の真ん中ぐらいまで切れ込みが走っていた。
無造作にそれを投げ捨てて、***は天井を仰ぐ。
少し深めに息を吸うと、口の中がヒリヒリとした。


「ちょっと甘酸っぱくって爽やかって言う例えらしいよ。私は痛くてそんなの味わえてないけど」


あー痛い、とぼやいた。
別にこんな痛い思いをしてまで知りたいことではなかった。
だというのに、だというのに気がついたら口の中は大惨事である。
すごく損した気分だった。


「あー痛い、本当に痛い、キャンディーのくせに…」

「ねぇねぇ、***ちゃん」


ん?と彼女は顔を彼のほうへと向けた。
彼は先程と合いも変わらずへにゃりと笑っている。


「そんな風に痛くならない方法でファーストキスの味を知る方法知ってるよ」

「本当?」

「知りたい?」

「うん」


そんなに興味があるわけではないけれど、こんな痛い思いをしたのだ。
どうせなら知りたいと思うのは当たり前だろう。
どんな方法だろうかと、思っていると彼の顔がスッと近づいてきた。
今度は「あ」と呟く間もなかった。


「………」

「…どんな味だった?」


へにゃんと、変わりない笑顔。
だけど、さっきまでのように力が抜けることはなかった。
むしろ、凍ったように体が動かない。
ギギギ…と軋んだ音がしたのではないかと思うくらいぎこちなく彼女は視線を逸らした。


「…レモンキャンディの味とは違ったよ」


そう呟くのが精一杯だった。




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海に堕ちたホシの林檎様より、相互記念小説でした。
素敵な小説ありがとうございます!
これからも宜しくお願い致します。