差し込む朝日に眉を寄せた
今日はどうなるのか想像もしたくない





マスルールと過ごす1週間「木曜日」





「起きろ」

低い声が私の耳元で囁く
一緒に吹き込まれる息がくすぐったい
ゆっくりと瞼を上げれば、端整な顔立ちが飛び込んできた
思っていたより近くにあった顔に驚いて少し離れる
するとあからさまに不服だという表情に変わった

「まさか今日はドSなんてオチ…」
「は?何を寝惚けているんだ。早くしろ」

早くしろ。そう言って服を差し出してきた
予想が外れて拍子抜けしたけど、でもやっぱりいつもとは違う
とにかく服を受け取り着替えようと広げた

「な…っにこれ!」

シンドリアでは見かけないレースをあしらったワンピース
綺麗な光沢の白だけど、とても私が普段着ているものとはかけ離れている
大体今から仕事なのにこんなの着れるはずがない

「私の官服は?」
「捨てた」
「すて…!?どうして!」
「…俺の隣にインク塗れで立つ気か」

さも当然のようにマスルールが言い放った
呆ける私に見兼ねたのか、無理矢理脱がそうとしてきたので必死に抵抗して自分で着替えた
その間見るなと言っても視線をこっちから逸らそうとしなかったけど

「こんなのインクが目立つじゃない」
「必要ない」
「何が必要ないの?」
「インクを飛ぶ心配を、する必要がない。今日は休みだ」

そんなはずがない。私の休みは3日前露と消えたはずだ
忙しくないとはいえ当日に休ませてくださ〜い☆が通用する職場ではない

「そんな勝手な「申し訳ございません、マスルール様はいらっしゃいますか?」

言葉を遮ってノックの音と侍女の声がした
マスルールが短く「入れ」と言うと、おずおずと侍女が中にやってきた
何か手紙を渡して、私にも同じように手紙を差し出し去っていった

差出人の名前は書いていないけど、丁寧なまるでお手本みたいなこの字はジャーファルさんだ
読もうと思って中を取り出す
1文字目を認識するより早く手紙が取り上げられた

「ちょっと返して」
「……」

私宛の手紙をマスルールが読んでいる
どうやら自分のはもう読み終えたらしい
最後のほうまで視線がいったから、返してもらえると思ったのも束の間
ビリィ!と嫌な音を立てて引き裂かれた

「何するの!」
「…出かけるぞ」
「やっ、待って!」

腕を強引に引かれて部屋を出る
よく見たらマスルールも官服とか鎧とかじゃなかった
王からいただいた華やかな外交場に着る、マスルールにとって貴重な衣服
水色の上着が赤い髪をより一層引き立てるから私はこの服が少し好きだったりもする
でも大切な物だから滅多に着ないのに

「ねえ、どこに行くの」

力の差は圧倒的で
解放してもらうのはもう諦めた
せめて行き先は知りたかったから尋ねてみたけど、無視

上等よ。昨日散々叩かれ、もといこき使われまわってたくせに
どっちが主人かもう一度脳味噌に叩き込ましてやる

「ますっ」
「きゃんきゃん煩いな…」

振り向かせるようと思ったら先に振り向いた
驚く間もなく唇が塞がれる
それが離れると、今度は肩を引き寄せられた
慣れない行動に頬が熱くなる

「いいから…大人しく来い」

きゃあきゃあと女官が騒ぐ声が遠くで聞こえる
連れ添って歩く姿は恋人らしく見えているんだろうか
少しだけ、私が憧れていた理想像

マスルールは優しい
私が嫌がることを基本的にはしない
本人の育った環境の所為か、自分の欲よりは相手の気持ちを尊重する
何も言わないし何も悟らせない
此方が必死に微かな変化を読み取らなければ分からないほどに

無表情で無愛想で無口で、――無欲

誰と親しくしても咎めない
約束を急に破っても気にも留めない
たった一言「そうか」で終わる

それが不満なわけじゃない
でも、不安ではある
好きって言葉だけじゃ包み込めないぐらい
私の我儘な恋心は要らない栄養分を受けてちょっとずつ芽を出し育っていた

だから今だけは
その強引さに身を委ねたい
貴方のモノだって、思わせてほしい

「…何を考えてる」
「あ、ううん。これ美味しそうだね」

感傷にひたっている間に中央市へ来ていた
自分勝手な考えを知られたくなくて、目の前にあった食べ物を何気なく指差し誤魔化した
指された南海生物焼きをマスルールが買う
支払おうとして財布を忘れたことに気付いた

「ごめん今お金ない…帰ってからでもいい?」
「女に払わす趣味はない」

そう言って串を押し付けられた
元々私にお金を出させるタイプじゃなかったけど、頑なに突っぱねるのは珍しい
串焼きを一口齧ると味がじわりと広がった

その後も露店を色々と見てまわる
少し来ていなかっただけで商品はかなり変わっていた
目新しい物についつい惹かれてしまう
貴金属、衣服、髪飾り、靴、美容製品、香、小物
わくわくしながら進んでいくと、とある露店の男性に話しかけられた

「どう?最近東方の国で仕入れた簪なんて」
「可愛い!」
「その綺麗な髪を纏めるのにぴったりだと思うけど」

ぱちん!と男性が笑顔でウインクする
なかなかの美青年にそんなことされたら、他のお客さんはきっとすぐに買ってしまうんだろうな
リップサービス上手だなぁなんて思いつつ簪は気に入ったので数種類出してもらった

「金が多いけど変り種で紅もあるよ」
「あ…いいかも」
「ん、髪色にも合うし美人が増すね」

談笑しながら男性が私の髪に紅の簪を寄せる
ちょっと弄らせてほしいというので、髪を纏め上げてもらいそれを挿した
鏡を見せてもらうと紅が綺麗に映えて顔色が良く見える

「これにする!」
「美人にはまけとくよ。ええっと、」

値段を言われて財布を出そうとする
…無いんだった。忘れてた
後ろにいるはずのマスルールに声をかけると、露店の隙間にある壁に凭れて此方を睨んでいた

「マスルール…?あの、ごめんコレ…」

欲しいから先に払っておいてくれないか
そう私が頼む前にマスルールは無言でお金を男性に渡した
痛いぐらい強く私の腕を掴んで引き摺っていく
背中でどこか焦ったような「ありがとうございましたー」を聞きながら中央市を抜けた

人の少ない沿岸部でようやくマスルールが振り返る
でも腕は一向に離してもらえず、逆の掌が髪をぐしゃぐしゃに仕上げた
紅の簪が引き抜かれて彼の手の中にある

見ずとも自分の頭がぼさぼさになっているのが分かる
服だけが綺麗でちぐはぐなことに恥ずかしくなった

「やだ返して…っ」
「金の方が似合うのに何で紅にした」
「いたっ」

腕を掴む力が強まった
痣になるんじゃないかってぐらい肌に指が食い込む
見るからに怒った、不機嫌な顔が近付いた

「俺以外の男の言うことを聞くな」
「そ、そんな…っ痛い、やだ、離し、」
「必要ないだろう」

簪を握る手に力が込められる
それを見た瞬間、私は思わずマスルールの頬を叩いていた
小気味良い音が響いて、地面に簪が落ちる
腕の力が弱まったから振り払ってすぐに簪を拾い上げた
よかった。壊れてない

「…何で、アイツの方が俺より良いって言うのか…?」

言葉が急に弱々しくなった
見上げれば、今にも泣き出しそうな顔

「…紅にしたのは貴方と同じ色だから」
「――っ!」

本当は言うつもりなんてなかったけど
あんな表情見たら言わずにはいれなかった

「金の方が似合うって分かってる。でも私は、私には紅色が1番綺麗で光り輝いて見えるの。だってマスルールの髪や瞳と同じ…私の好きな人と同じ色だから」

どれだけ好き合っても同じにはなれない
紅い髪になることも、紅い瞳を宿すことも、貴方と同じファナリスになることも
だからせめて"紅"を身につけていたかった

「でも…ごめんね」

ぎゅうっと大きな身体を抱き締める
不謹慎だけれどマスルールのその感情が嬉しかった
私が抱いている不安を、貴方もちゃんと持っている
表に出さないだけで裏では私のこと、自分勝手な我儘で想ってくれている

「マスルール愛してる。貴方が誰よりも何よりも、1番大切」

胸がちくちく痛み出す
本心のはずなのに。告げているのは貴方なのに
壊れ物を扱うように優しく強く抱き締め返された

「この先何があっても離れるな。…絶対に」
「ええ、勿論…」

お願い、今は私だけを見て
きっと目覚めた貴方はまた、偉大なる王のために私を背に歩いていくのだから

「――セレーナ」

彼を私だけのものにする罪を、どうか赦してください





→Next Friday!!






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