ごろり。だらり。寝苦しい夜の気温に魘されつつ腕を大きく動かす
隣で寝ていた人に勢い良くぶち当たったと同時に、何故か艶かしい声が聞こえて跳ね起きた





マスルールと過ごす1週間「水曜日」





「あっ」だなんて声私は勿論出していない
まさか彼女がいる部屋に他の女連れ込むなんてバカな真似しないだろう
ていうか、考えたくないけど今のマスルールの、

「…おーい」

背中を向けて多分眠っている彼を揺する
軽くやったところで起きないことは重々承知
なので強めに揺さぶってみた
が、起きない。珍しい…嫌がりつつも瞳はうっすら開けて此方を見るのに

「マスルールってば。ねえ、どうせ戻ってないんでしょう?」

今度は一体何が出るのやら
くじでも引いてる気分だ

いくら呼びかけても揺すっても起きなくて、何か腹が立ってきた
近くにあった枕をべし!っと頭に叩きつける
当然本気ではやってない。本気でしたってマスルールからしたら痛くも痒くもないだろうけど

「っ、ん…」
「起きて。そろそろ起床時間だし」
「…セレーナ、」

ようやく私の方を向いた
眠たいのか開ききらない瞼
その奥にある赤い瞳が私を見たと思うと、枕を手渡してきた

「なに?」
「もっかい…」
「寝ないよ。仕事あるんだから」
「違う。…叩いてくれ」

人生でこれほどまでにマスルールの言ってることが理解できないことはなかった
固まる私を余所に、枕をぐいぐい押し付けてくる
パニックを起こした私は悲鳴を上げてそれを顔面に叩きつけベッドから降り後ずさった

「ひっ、い、意味がっ分からない!えっえっえぇっ!?」
「どうした?」

一瞬恍惚とした表情が見えた気がした
気のせい。気のせいだと思いたい
まさか、ね…と思いつつも傍にあった少し固めのクッションを大きく振りかぶって投げてみた


お願い避けて!!


私の願いは虚しく、クッションは良い音を立ててマスルールに当たる
あのマスルールが一切避けない
寝起きだから反応が悪いなんてそんなのじゃない
むしろ今の、自分から半分当たりに行っていた気が、いやそんな

「セレーナさすが」

しまった!今のはちょっとやりすぎたかな
慌てて謝ろうとした私の前に、うっとりとした顔のマスルールが現れた

「俺の主人だな…」
「いやあああああ!!!!!無理無理無理!!!これはさすがに私でも無理ぃぃぃいいいいい!!!」

私の悲鳴が王宮中に響き渡った



「――何しているんだ?セレーナ」
「しっ!お願いです静かに!」
「いや此処は俺の机なんだが…」

そんなことは百も承知です王よ
ですが今だけ、いえ今日だけはどうか貴方様の足元に隠れる無礼をお許し下さい
不思議がる王が椅子に座って政務を続けていると、規則正しい足音が聞こえた

「先ほど仕上がりましたので此方もお願いしますシン」
「俺がいくら片付けても終わらないじゃないか…」
「今日はまだ少ない方ですよ」

ジャーファルさんの声だ
きびきびとしたそれに安堵する
ふぅ…と溜息を付いて視線を王の足元に向けると、じと目のジャーファルさんがいた

「あ…っ」
「何をしているんですか」
「俺も聞いたが教えてくれないんだ」
「仕事はどうしたんですか!貴女の担当は替えがききにくいのですから早く持ち場に戻りなさい!」
「ひいっお願いですジャーファルさん、そんな大声出さ」

ずん、ずん。地を揺るがすような音
私知ってる。この音が何か知ってる
真っ青になった私を見て2人が首を傾げた
搾り出すように呟いた「助けて」の声は扉の開いた音に掻き消される

「シンさんそこにセレーナいますよね」
「あ、ああ…?どうしたマスルールお前まで」
「何度言ってもしてくれないんす」
「喧嘩か?だったら仲直りしないとな」

「ほら」なんて机の下から引っ張りだされた
数刻ぶりに見たマスルールの顔が、期待に満ち溢れた瞳になってる
1歩彼が踏み出したのに対して反射的に机上にあった分厚い本を投げつけた

「やだぁ!寄らないで!!」
「! 待ての命令です、か」

語尾が不自然に空いたのは投げた本がヒットしたから
さすがに固い本がぶつかった額は少し赤くなっていた
ジャーファルさんが即座に私に怒ってくる

「セレーナ!!貴女って子は「待てジャーファル!!」

蛇のような睨みをきせられて思わず小さく悲鳴を上げてしまった
もう本当に怖い。ジャーファルさん怖い。でもこの人よりも今はあっちの方が怖い
異変を感じ取ったのか王が諌めてくれて恐る恐る確認してきた

「確か…ヤムライハの魔法道具の失敗で、性格が少しおかしくなっているんだったな?」
「は、はい…」
「報告によれば初日が明るく陽気で、昨日が何だ?つんでれ?か」
「仰るとおりでございます…」

ごくり。王が唾を飲み込んだ
冷や汗が全身に流れている気がして、なんだか生きてる心地がしない

「今日は一体…」
「――ま、」
「…セレーナ精神調教も良いんだが、できれば身体ちょ「煩いこのマゾヒスト!黙ってなさい!!」

思わずカッとなって怒鳴る
すると瞳を輝かせて「はい!」なんて良い返事でマスルールは大人しくなった
いや、微妙にそわそわしているけど
上がっていくマスルールのテンションとは反対に私や王のテンションは大暴落した

「難儀な性格になったものだな…」
「これは私でも捌ききれません」
「そんなぁ!私だってもう限界なんですよ。無理ですってばお願いしますどうかどうか」

いっそマスルールがハァハァ言いながら寄ってくるような
そんな変態マゾヒストだったら何の遠慮もなくぶっ叩いて蹴り飛ばせたのに
変な所で元来持ち合わせてる純粋さが垣間見えるからどうしようもない
あと私Sじゃないから!MでもないけどSじゃないから!

「もう嫌、貴方の主人は王でしょ!?」
「………」
「喋りなさい!」
「それとこれとは別で…夜は「開けば余計なことしか言わないなこの口!!」

左右の頬を思いっきり摘まんで反対に伸ばしてやった
ああ、嬉しそうな顔が腹立つ!
手を離してそのまま円を描くように両頬をぐりぐり押す
ちょっとでもやり返さないと苛々が溜まる一方なんだけど

「そんなに痛いのが好きならシャルルカンに蹴ってもらってよ…」

絶対大喜びで蹴ってくれるわ
…うーん、それで喜ぶマスルールはあまり見たくないかな
ていうか意外とシャル常識人だからこの状態のマスルールは気持ち悪がりそう
ピスティとか、あの辺りなら頼んだらお守り引き受けてくれるかな

「要らないです」
「えっ」
「好きな人以外に甚振られても、興奮しません」
「ます…」

どうしてかな。素直に喜べないわ
少し、ほんの少し台詞を変えれば嬉し涙だって流せそうなのに

「セレーナがいい」

髪を掻き分けて額、瞼、こめかみ、頬、口角、とキスされる
主人だ何だと言いつつ結局主導権は全部、マスルールにあるようなもの
私はいっつも振り回されて…でもそれが苦痛じゃないのは惚れた弱みなのか

「…本当に私がいいって思ってる?」
「ああ。ちゃんと考えてきた。セレーナは力が弱いから…鞭とか「ときめき返せバカヤロ―!!!」

差し出されたそれを引っ手繰って垂直に振り下ろした
信じられない!もうこうなったら痛みを餌に、今日1日こき使ってやる!

「白羊塔来て!荷物全部運んでもらうんだから!」
「っ!ああ!」

耳を掴んでずるずる引っ張っていく
そこはかとなく嬉しそうなのはもう知らない!



「……何だかんだでセレーナってSだったんだな…」
「シン、そういうことはちょっと」
「ん?でも普段は立場的には下だよな。ってことはマスルールあいつ、」
「考えるのは止しましょう。幸せならいいじゃないですか、ええ、もうそれでいいんですよ、きっと」





→Next Thursday!!





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