体が重たい。有り得ないぐらいしんどい
もう少しだけ寝ていようと寝返りを打った瞬間、布団が彼方へ飛んでいった





マスルールと過ごす1週間「火曜日」





「ちょっと何するの…!」
「…何が」

私とマスルールしかいない部屋で私が自分で布団を飛ばすはずもない
ならば必然的に彼なはずだから睨み上げる
と、眉根を寄せて見下された
昨夜とは一転した態度にどこかほっとする

「あ…良かった!戻ったんだ!」

嬉しさのあまり抱きつく
瞬間べりっと剥がされた
何が起きたか私が理解するより早く、頬を少し赤らめ困惑した顔のマスルールが目に入った

――違う。これもマスルールじゃ、ない

「マスルール…?あの、」
「だっ抱きつく暇があったら茶の1つぐらい淹れろ」

ぷいっとそっぽを向いてぶつくさ文句を言ってる
でも耳はまだ赤いまま
今度は何?どういう性格なの?
頭を抱えつつもとりあえず言われたとおりお茶を淹れた

「はい、どうぞ」
「ああ」

受け取って茶を啜る
うーん…この辺はあまりいつもと変わりない
適当な椅子に私も座って飲んでいると、先に飲み終えたマスルールが目を見開いた
そして今度は自分からガッと肩を掴んできた

「いつまでそんな格好してるんだ…!」
「へ…っ、だってマスルールが昨日私の服無理に剥ぐから、薄い下着しか…」
「――っ!これでも着てろ!」

自分の上着を少々乱暴に私の身体にかける
大きいからすっぽりほぼ全身がおさまった

「あ…ありがとう」
「別に…礼なんて、…お前に風邪を引かれたら俺が困るからな」

その台詞にピン!と閃いた
これは巷で流行のツンデレ(間違いver)ってやつじゃないですか!
王が冒険譚書かなかった間、市街ではかっこいい男性が沢山出てきて女の子1人を奪い合うという、夢のような小説が流行ったのだ
かくいう私もこっそり読んでた。良かった。すごく良かった

話は逸れたけどその中にこういう子がいた…!
つっけんどんだけど本当は優しくしたい、でも出来ない!ってやつでしょ?
いやー惜しい。私そっちもいいけど人前ではツンツンで2人きりだとデレデレの、正統派ツンデレの方が好みなんだよね

そうかマスルールがツンデレかー
なんて1人妙に納得していると、怪訝そうな顔が視界に映る
嫌な顔とかを露骨に出すのは普段通りだなぁ

「っと仕事行かなきゃ」

1度自分の部屋に戻って仕事服に着替えて
それから白羊塔に向かわないといけないから時間がかかる
お茶を飲んだカップを盆に乗せて「じゃあね」と一声かければ「あっ」とでも言いたそうな顔

置いていかれた子供みたいな感じ
何か用かと尋ねれば素っ気無く「さっさと行け」なんて言われた

「マスルールもちゃんと仕事行ってね。それじゃまた後で」

ちゅ。っと背伸びして唇にキスをする
そのまま翻ってスキップしながら自室に戻った
昨日とは違って可愛い性格じゃない。あれはあれでいいな



「ご機嫌ね」
「ふふふ、そう見える?でも出来れば早く治してほし「ごめんなさいごめんなさいまだなのごめんなさい」

鼻歌交じりに仕事しているとヤムライハが話しかけてきた
手にはどっさりと魔法書が積み上げられている
頑張ってはくれているみたいなんだけど、そもそも何故こんなことになったのやら

「最初はただの熱魔法研究だったのよ」

曰く熱魔法研究から人間の熱、つまり体温に興味が移り
人肌を基にして魔力と組み合わせれば何か画期的な魔法道具が出来るのでは!と研究再開
体温の総量を魔力に変換する腕輪を作り上げ、ちょうどマスルールが通りかかったから試運転とやってみたら、暴発して気付けばご覧の有様…らしい

「ちょっと魔力を吸いすぎたのかしらね」
「どこをどう吸ったらこうなるのよ…」
「もしかして魔力に変換するのが魔力そのものを変換させる方に働いたのかしら?だったら合点がいくわ!つまりあの方程式を改竄すれば「ヤム!!」

テンションが上がってきたので諌めとく
すぐにしゅうんと項垂れた

「…なるべく早く、ね」
「ええ!勿論全力を尽くすわ!」

その全力が変な方向に走らないことを祈る
お喋りを終えて書簡を配達する
廊下から中庭でマスルールがぼーっと空を眺めているのが見えた
多分やることがないんだろう。この一件はジャーファルさんや王にも届いているだろうし
普段と違う彼に何かさせたらえらいことになりそうだ

ぱたぱた走り回って仕事をこなす
何度も何度も廊下を行き来して、気付けば終業の鐘はとうの昔に鳴っていた
最後のサインを受け取りそれを書簡棚に直す

「ん――っ終わったぁ――!」

伸びをしてふと窓に目をやる
まだマスルールは中庭に居た
外に出て話しかけてやろうとした時、女官が先に声をかけていた

「マスルール様こちら良ければお召し上がりください!」
「え…っいや、別に俺は、」
「お好きと伺ったのですが…」

苦手でしたか?としょげる女官の手には美味しそうな焼き菓子
果物よく食べてるから多分それが入ってるんだろうな
少し泣きそうになりかけてる彼女を見て、マスルールは明らか焦った様子で、最終的には折れて貰った
一口食べて感想を聞かれ、小声で「美味い」と答える
それで満足したのか女官は一礼して去っていった

「マスルール」

びくっと肩が揺れた
バレていないと思っているのか焼き菓子の包みが後ろに隠される
私は気付かないフリをして、部屋に帰ろうと誘った

マスルールが心配だから付き添ってやってほしい
と、王直々に頼まれたので今日も彼の部屋に行く
その前に私は自室に寄って着替えとか髪留めとかの準備をした

「あ…」

机の上に食べ物が入った包みがある
昨日の騒動ですっかり忘れていたけど、マスルールにあげようと思って作ったんだった
ソライズベリーのジャムを混ぜた焼き菓子
まあまだ食べれるだろう。これも一緒に持っていく

「あれ?何で居るの?」
「…いいだろう別に」

マスルールには用意があるから先に行っててと告げたのに
壁に凭れて待ってくれていた
こういうところも、変わりない。細やかな優しさ

彼の自室の一角に荷物を置いてお茶を淹れる
それほど頻繁に飲む習慣はないのだけれど、恥ずかしがったらまたお茶を淹れろって言い出しそうだったから
ついでにあの焼き菓子も差し出した

「何だ?」
「あげる。好きでしょ?」

森で採れるそれはマスルールがよく食べていた
甘苦くて子供の頃は嫌いだったけど、今はわりと好きだって言ってたし
ところが焼き菓子の包みを見て彼は眉間に皺を寄せた

「えっ嫌い?」
「そういうわけじゃ…」

ああ、さっきも食べたからかな
いつの間にか包みは消えていて
私を待っている間に全部平らげたんだろう
言葉を濁しつつもマスルールは焼き菓子を1つ口に入れた

微かな興味が湧き出て、私は尋ねる

「どう?お味は」
「……」

押し黙る。暫く待ってみるけど答えない
手もそれ以上動かなくて食べようとはしなかった
不味かったかなと思い、1つ自分でも食べてみる
以前と同じ味。マスルールが喜んで食べてくれたのと同じ

「だ、だめかな」
「いや…」

性格が変わって味覚も変わった?
でもそれならお茶の時にも何か反応するはず
何かとどうにか感想を聞いても、返事は適当にしかこない

「――もういい」

マスルールの手から包みを引っ手繰ってゴミ箱に捨てた
勢い良く投げ入れた所為か、ひしゃげた音が聞こえた

「お前何をっ「あの子には美味しいって言ってあげたくせに」

目が大きく見開かれた
ほんの冗談のつもりで尋ねただけだったのに
私には、嘘でも美味しいって言う価値すらないの

「彼女も私も一生懸命作った。でも見知らぬあの子だけが言われて、恋人の私には何もないって…それって少し酷くないかな…」

美味しい。じゃなくても良かった
自分でも焼き菓子の存在を忘れていたし、まあ食べてくれるかなってぐらいだったし
でも何かしらの反応は欲しかった
これを作った時はちゃんとマスルールのことを想って作ったから

「…ごめんやっぱ自分の部屋で寝る」

隅に置いていた着替えを掻き集める
今のマスルールが、彼自身ではどうしようもないことで性格が変わっていることぐらい分かってる
言葉でも態度でも上手く表せられないこと、頭では理解している
だけど、心までそれに対応できるかはまた別物

「ま…っ、違う、そうじゃ」
「何がちがうの?」
「不味くない。ただ…」

私の腕を掴んだまま視線が泳ぐ
知ってる。先に沢山食べたんでしょう
それでお腹いっぱいになって指が進まなかった

頭と心は、まるで違う生き物みたいで

「マスルール、1つ覚えておいて」

緩く掴まれた腕を上げて、そっと人差し指を彼の唇にあてる
視線が私を見たのを確認してから言葉を紡いだ

「女の子って目に見えない何かに引き寄せられるけど、目に見えない何かで繋ぎとめることはできないんだよ」

彼と私が出会った運命を感謝することはできても
運命なんて陳腐なものだけで関係を維持することはできない
私は、マスルールの言葉にできなくても、態度で表してくれることが好き

「セレーナ…!」
「!」

バサァ!と足元に衣服が落ちる
強く抱き締められて、マスルールの背中が見えた
少し震えている気がして…ゆっくりその背に腕をまわした

「……っ、セレーナ」
「うん」
「好き、だ」
「…うん。私も」

やっと素直になってくれたマスルールに笑いかける
私の目を見て、私のことを想って、ほんの少し痛む胸を誤魔化して

「んっぁっ、あ、え、えっ?」
「言葉はもう無理だ…だから、」
「待って!やっ!いいもう充分だからっ」
「セレーナが離れるのは嫌だ…」

ぎゅう。むすっ。なんて、ああもう私やっぱり弱いなぁ!





→Next Wednesday!!





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