…ファナリスは強い
常人離れした肉体や五感は、人という範囲ギリギリにいる気がする
心の中のもやもやがより一層酷くなった

途端食欲も失せて、申し訳ないながらも全て残し返却した
黒秤塔に行ってあそこで歌って仕事をしなくちゃ
重い足取りで進んでいく

「お主今日は休みではなかったか」
「ドラコーン将軍…いえ、僕は本日も勤務のはずですが」
「いや、先程そう聞いた。部屋でゆっくり休むがいい」

将軍と周囲の武官達に道を憚られる
勤務変更があったなら、挨拶した時に侍女の子が教えてくれるはず
とりあえず確認するから通してほしいと嘆願しても受け入れてくれない


その時、庭先を伝って歌が聞こえた


透き通る綺麗な声
高い音は伸びやかに優雅に
しかし主旋律を歌う声は、確かに男のもの

聞いたこともないはずの歌に唇が勝手に動き出す
ううん、違う。僕はこれを知っている

『恋する人に訪れる 悲しみという悲しみを
 衰えはてしこの身もて なめ尽くせり、とわれいわん。
 泉を求める君ならば、わが目にあふる涙雨
 たとえ炎に燃えようと、渇きを癒してくれように。
 恋の無慈悲な手によって 滅びし廃墟を見たければ、』

声はそこで止まった
誰かが後ろにいる気配がして振り向く

「見よ、うつろいしこの体。――なんて数奇な巡り会わせだろうね」

薄緑色の髪、青緑色の瞳
僕が息を飲むのと同時に向こうは笑った

「これはこれは皆様方も人が悪い。それとも宝探しは自身でやるべきというシンドバッド王の粋な計らいでしょうか?」
「あのっ、貴方は…!」

僕と同じナーキスなんですか
問い尋ねようとした僕を将軍が引き止める
どうして止めるんですか!と叫びたかったけど、将軍の瞳が有無を言わさない

数人の武官達が壁となる
隙間を縫って、僕は改めて向こうを見た

長くとも顎下までしかない髪
左目下を隠すように作られた前髪
身長は僕より高い。骨格も武官に比べれば貧相とはいえ"男"と呼べる範囲

そしてあの歌声
間違えるはずがない
僕と、同じ

「貴殿の主君ならば先刻街へ向かわれたが」
「存じ上げてますよ。とある御方を甚く御気に召していらっしゃいましたので、街の視察に誘われてはと提案したのは俺ですから」
「護衛の任は…」

護衛という単語を聞いて彼は声をあげて笑った
発言したのは将軍なのに、後ろにいる僕を見つめて話す

「世のものには全て相応不相応が決まっています。俺は姫の従者ではあるが護衛の任まで仰せつかっていない。それは不相応ですからね」

彼が1歩前へ出る
だぼつかせた服で隠しているものの、それほど屈強な身体ではないことは分かる
なのに気圧されたように将軍以外の人が数歩下がった

「ところで俺は其方にいる御方と話をしてみたいのですが…」
「申し訳ないがこの者は王に呼ばれている。待たせてはいかんから早く行け」
「で、でも…!」
「そうですか。ではまた改めてお伺いしましょう。失礼」

翻る衣服が見えた
何故か腰が抜けてその場にぺたんと座り込む

「大丈夫か」
「…はい、いえ、…やっぱり運んでもらえますか」

意識ははっきりしているけど身体が動かない
恐れ多くも将軍に負ぶってもらって、そのまま白羊塔の大広間に通された
椅子まで用意してもらい王の傍に座る

「そうか…、隠しきれるものではないとは分かっていたが…」

眉を寄せて王が溜息を吐いた
この場から僕と王と、そしてヤムライハさんだけにして他は下がるよう命じる
呼ばれて来た彼女は少し青褪めていた

「王よ…私は反対です。それが最善とは到底思えません」

ぎゅっと僕の衣服を掴む
その手は震えていて、つられて不安になっていく

「まずはセレーナに謝らなければならないことがある」
「何でしょうか」
「セレーナがナーキスだということを、俺は最初から知っていた」

驚きのあまり声すら出なかった
瞬きを数回繰り返し、どうにか言葉を振り絞る
思っていたより弱々しい声が出た

「書物を読むのは嫌いじゃなくてな。ナーキスの伝説は何度か目にしている」

王が椅子から立ち上がり、僕の左頬に触れた
滑るように頬を撫で髪で隠れた宝石を露わにさせる 
時折消えるそれは、今日はちゃんとあるらしい

「黙っていてすまなかった」
「そんな!僕の方こそ、ご迷惑をおかけしているのに一切告げず…申し訳ございません」

頭を下げると王は笑った
でも、次に見た表情は険しく真面目なもの

「貿易国からお前を渡してほしいと言われている」

きょとん、という音がぴったりだった
呆ける僕の隣でヤムライハさんが何か叫んでいる
肩を掴まれ彼女の泣き顔が目に入って、ようやく思考が動き出した

「僕をですか」
「ああ。数日出向いて歌舞管弦を披露してほしいそうだが、」

もう一度大きく溜息が吐かれた
躊躇う王に向かってヤムライハさんが詰め寄る

「お願いです、考え直して下さい!」
「俺とて簡単にセレーナを手放すことはしたくない。…が国家関係を悪化させるわけにもいかない」

何が言いたいのか、何が行われているのか
聞かずとも分かってしまった
悩むことなく僕は王の傍まで行き傅いて手を取る

「最弱と謳われ迫害され、日々死に脅える僕が、こんな僕でもお役に立てることがあるのなら本望です。喜んでその国に伺わせていただきます」

今度は僕の方にヤムライハさんが詰め寄る
けれど何度も首を横に振り、大丈夫だからと笑った

ちょうどいい機会かもしれない
シンドリアは居心地が良くてつい甘えてしまう
王に八人将に、国民に全て委ねて眠ってしまいそうで

甘えは時に捻れて毒になる
弱いという事は認められても、誰かの枷に錘になることは嫌だ

明後日の出立までに身辺整理をしないと
部屋に戻ってすぐ荷物を纏めていく
多分、というか絶対にあの姫の国だろうな







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