お気に入りの布や楽器を手に戻る
そこは既にピスティさんの玩具と化していた

「もうちょい右!そう、そこ!」
「よくぞ此処まで…」

絨毯に椅子、小さめの机に楽器立て
カーテン、クッション、照明すらも彼女好みに愛らしく
それでいて気品を失わない見立てに感嘆する

「あー疲れた。感謝しろよ」
「流石シャルルカン様、僕のような者にまでご厚意頂き大変感謝しております」
「言ったなお前。よし俺と夜街に行こうぜ」

はい?と首を傾げ返すも、彼の中では既に決定事項らしく
僕の意思なんてお構いなしに時間と集合場所が決められた
まあ、就業時間が過ぎていれば、別に問題ありませんけれどもね

「しかし何を致しましょうか」
「暇なら一曲奏でて歌ってよ!」

演奏と歌曲同時に求めてくるとは
とはいえピスティさんのキラキラした瞳に僕は敵うはずもないので、窓際に置かれた椅子に座ってルートを置く
本当は地べたに座ってやるのが一番良いのだけれど

「それでは、夢見る乙女に恋と未来の幻想世界を―――ほんの、一時だけ」

開け放たれた窓から風が吹き込む
それに乗って人々の声が聞こえる
侍女の笑い声、武官の威勢の良い声、文官の談笑

此処はまるで楽園みたいだ



「盃まわす満月の 酌の童も、さらにまた
 園より響く快き ルートの調べもいとうれし。
 夜明けとともに園の鳩 くーくー鳴きて、木々の枝
 朝をむかえて会釈せり、ああ、園にこそ、逸楽の
 なべての道はあつまれり。」



ふわりふわりと舞うルフと一緒に僕も笑う
この歌声が貴方にも届いていればいいのに

「セレーナたんの歌は聞いてると幸せになれそうで好きだなー」
「僕はピスティ様の鮮麗たる笑顔を見れたその時が幸せですよ」
「まーた上手いこと言っちゃって〜」

最早日常茶飯事になっている褒め言葉を紡いでいると、傍らにいたシャルルカン様がじっと僕を見ていた
また歯の浮くような台詞をと咎められるのかな
僕は貴方と違って、綺麗なものは綺麗と褒め称えたい派なだけなんですが

「見れば見るほどわっかんねーなぁ…」

ぽつりと彼が呟いた
何が、と問わずとも僕には分かる

僕の上半身は少しばかりの、服を着れば分からない程度の膨らみを帯びた女性の身体
ところが下半身は、男性器を備えている

それを知っているのはヤムライハさんとマスルールさんだけ
王にすら僕は告げていない。告げる必要もないと思ってる
対応を性別で変えられたくないんだ

ピスティさんにとっては僕は女の子
数少ない、彼女と一緒に笑ってお茶できる間柄

シャルルカンさんにとっては僕は男の子
ひ弱で気障で、だけど放って置けないと面倒を見てくれる兄のような友人

それでいい。僕は今の関係を崩したくない
事実どちらでもないのだから、どちらを名乗っても嘘になるだけ

「セレーナ」

窓の下から声が聞こえて見ると、ジャーファルさんが此方を見上げて立っていた
ちょっとだけ身を乗り出して返事をする

「お疲れ様ですジャーファル様」

此処にいるってことは、仕事が一段落着いたのかな
にこり、と微笑み返す僕にジャーファルさんは穏やかな笑みを浮かべる
…どうしてかな、それが凄く、怖い

「部屋の方はどうですか?」
「日当たりも良く過ごしやすいです」
「良かった。貴方には其処で歌や楽器の練習をしてほしいのです」

ジャーファルさんが目配せをして茂みを指差す
そちらに目を向ければ、侍女の方と視線が合った
即座に去ろうとする彼女に微笑み手を振る

「…何となく分かりました。僕は餌ですね」
「一時の癒しで仕事が捗るなら、多少のサボりぐらい大目に見ましょう。ところで、」

背筋がぞわっとする
バッとジャーファルさんを見ると、鬼のような形相に切り替わっている
やっぱり最初の微笑みはカモフラージュだったんだ

「ピスティとシャルルカンが居るならすぐに出してください」
「は、はい…っ!ぴす、すみません逃げられました」

聞くが否や凄い速さでジャーファルさんは行ってしまった
あの2人の行きそうな場所なんて、最初から分かっているんだろうな
それでも終わるまで待ってくれてたのはある種の優しさだったのか

椅子に座りなおして凭れかかる
麗らかな陽気の所為か、睡魔が襲ってきた
抗うのは止めて大人しく捕まり瞳を閉じる

最近、眠たくなるの、多い、な





ぐるりと回る世界を見た
白から黒へ、黒から白へ

そこに立っているのは誰?
同じように纏めた髪型
君達は兄弟なの?何かの仲間?

片方は白へ、片方は黒へ
道を違えて進んで行く

何故だか止めなきゃいけない気がしたのに
僕の手はどちらにも触れることなく空を切った






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