告げないという事は優しくもあり、酷くもある
彼からすれば何かを告げることの方が珍しいことなんだろう
ただ僕にとっては、言葉と共に生きて、生き延びてきたからこそ言葉に頼る

身じろいで彼の方へ向き直る
突然正座した僕を赤い瞳が見下ろす
そっと伸ばした腕は拒まれることなく回すことが出来た

「ごめんなさい」

いつ引き離されるかどきどきしたけど、引き離されるどころか返事すらなかった
だけど聞いているものだと思って言葉を続ける

「こんなことを言うとおかしいと思うでしょうけど、不安で。僕は貴方が好きだから、だから…」

だから何だと言うんだろう
手に入れたくて、嫉妬して暴言を吐きました?
考えると深みに嵌りそうな気がして頭を振る

「少しお酒を飲みすぎましたし、出過ぎた真似をしました。ごめんなさい」

抱きつきながら謝るって滑稽だとは思うけど
何となく、以前のように土下座する勢いで頭を下げる気にはならなかった
悪いと思っていないわけじゃない

返事が相変わらずなくて、謝り方間違えたかと心配になる
腕の力を弛めて顔を見ようとした時ぎゅっと抱き締められた

「…俺のどこがいいんだ」
「そ、れを今聞きますか…」

こくり。と頷かれる
彼の肩に顔を半分埋めて暫し考える

「――最初はマスルール様が僕を見て何も反応しないから、気になって」

それまで褒め称えられた見目や歌、踊りに何一つ反応が無くてショックだった
勿論今まで絶対に褒められてきたわけではないが、あそこまで無表情でいられたのは初めてだったから
意地、というか畜生っていう気分というか

「森で裸を見られてヤムライハ様が倒れられて、…お兄ちゃんと別れた時やその後貴方がかけてくれた言葉に、ほんの少し前を向けた」
「大したことは言ってない」
「僕にとっては響く言葉だったんですよ」

マスルールさんが饒舌な人だったら
きっと僕はその言葉に何の想いも抱けなかった
静かに、低く穏やかな声で、必要な時だけ告げるからこそ深く心に染み渡る

「ファナリスと知って次は貴方に憧れた」

対極に存在する者が故に酷く強く
同じ動作をしても、そこにただ単純な「力」が加わるだけで別物に見えた
あんな風に強く生きたいと望んだ姿そのものだった

「でも強さだけじゃない、貴方の奥にある優しさや弱さに触れる度、それが嬉しくてもっと見たいと願うようになりました。貴方のことが知りたい、僕のことをもっと知ってほしい」

…ただ、それは同時に怖くもあった
知れば知るほど、知られれば知られるほど浮き彫りになる差
決して埋まることのない溝を受け入れるほど強くなかった

全てを知ってもきっと受け入れてくれるだろう彼を、信用できなくてでも信じたくて
1人葛藤を続けもがいて雁字搦めにしていたのは僕自身


そういうところが僕はとても嫌いだ


魔力が作れないだとか、男女どちらでもないだとか
正直なところそれはどうでもいい
足掻いたところで自力で何とかなることじゃないから、諦めてしまえる

けど、心の強さだけはどうにかできるのにしない
諦めたフリをして醜くしがみ付いて、お兄ちゃんがいたら愚かだと言われただろうな

「欲深いって駄目ですね。好きでいていいと許されただけで満足してれば良かったのに、…傍にいたいと夢見て」

ぐっと涙を堪えて呟いた
強くなった腕の力に流されそうになったけど、こっそり袖口で目を擦り笑いかける

「さっもう寝ましょう?温かいのは良いことですけど慣れすぎたら外が寒いですから」
「………そうだな」

何か言いたげな、優しい瞳
だけど気付かないフリをする

僕だって馬鹿じゃない
同情にしろ何にしろ、少なからず彼が僕を好意的に見てくれてるのは理解している
傍から見れば両想いのように感じるだろう
でもそれは一瞬だってことを僕は知ってる

想い合ったところで、どうせ僕は、あと数年も生きれないのだから

「おやすみなさい」

この言葉をあと何回貴方に伝えられるだろう
裏側に込めた愛してるを、抱えたまま眠りに就いた





遠く後ろにマスルールさんがいる
此方を見てかけよってくれる

けど届かない

見えない壁のようなものが遮っている
僕からはそれが見える
彼が此処まで来れないって分かってる

だから僕は笑う

いいんです。その気持ちだけで嬉しいんです
…お願いだからこれ以上期待を、夢を見させないでください
長く生きたいと願えば願うほどそれができない現実に、辛く苦しむだけだから

いまのままでいいんだとおもわせて





夢が辛くて起き上がる
寒いはずなのに汗だくで、胸元を覗き込む
うっすらと黒い斑点が蝕んでいた

傍らに寝ているマスルールさんを見る
少し苦しそうな表情だ。珍しい
頭を撫でようと腕を伸ばし――思い留まる

うじうじといつまでも僕は前を見ない
否が応でも事は進み、つられて進んでいるのに、本当には前を見ない
背中を向けて鏡越しに前を見ているだけ
こんな姿で家族なんかに会えやしない。ぐだぐだ鬱陶しいこと極まりない

マスルールさんの毛布をかけ直してもう一度寝転ぶ
もう眠たくなんてなかったけど、無理矢理瞳を閉じた






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