「お早う御座います旦那方!」
「……」
「お、おはようございます」

目覚めてすぐ隣人が朝食を持って現れた
たった一晩で彼の中に革命が起きたようです
外で取るつもりだったけど、まあ有難く受け取って食べる

「お2人はどちらまで?」
「もう少し北へ」
「では寒さ避けの衣服も必要ですね!」

親切なことに防寒服まで用意してくれた
マスルールさんが試しに一度断ってみたけど、捨てられた子犬みたいな目をされたので此方も貰うことにした
壁の破損については女将も慣れているのか多額の請求はなかったようで、余計に恩を感じてしまったらしい

あれやこれやと用意してくれる彼の相手は僕に任された
その間にマスルールさんは外にいる昨夜の盗賊を相手にする

「日持ちする方が有難いですね。此方いただきます」
「どうぞどうぞ!…1つお尋ねしてもいいですか?」

食料を選んでいると小声で尋ねられた
聞き難いことなのかひそひそ話しかけてくるから、僕も一緒に小声になる

「あちらの旦那はファナリスですよね?」
「ええ、まあ」
「それで貴方様は……これですか?それともこちら?」

小指だけを立てて女性を、親指と人差し指で作った丸を鼻の上の上に持ってき……
僕これ知ってるぞ。お兄ちゃんの所有する本にあったな、これ

「そういう関係じゃありません。少し縁があって護衛をしてもらっているんです」
「あれ!てっきりご夫妻か恋人かだと」
「…そうだったら開いた穴から色々と洩れるはずでしょう」

必要な荷物を纏め終えたので外へ出た
柄の良いとは言えない男達が…何でへこへこしてるんだ?
首を傾げる僕を見て、それはもう土下座する勢いで彼らは頭を下げた

「おはようございます姐さん!」
「一体何をしたんですか…」
「何も」

彼を見ると昨日は着けていたコートが無い
そりゃ砂漠はもう抜けかけてるから、これからはどちらかと言えば防寒用コートが必要だけれど、まだ此処は日光が厳しく振り注ぐ地帯

…屈強な身体でも見て怖気づいたのかな
昨夜だってファナリスの力を甘く見ていた節があったし

「いっか。じゃあ向かいましょう」
「はい!!」

必要最低限に纏めた割には膨大になった荷物を彼らが持つ
そのまま逃げ出すってことはないだろうけど、貴重品や水、食料のいくつかは自分でも持っとこう
名残惜しむ旅行者に別れを告げて、町から一歩出ると砂埃がまた宙を舞う

「いたっ、たたた、っもう!」

砂に混じって小粒の石が風に飛んで当たる
あとついでに髪も自由に飛ぶから顔面だったり頭だったり、色んな場所にびしばしぶつかってくる
結い紐切られてから新しいの買ってないしなぁ…
少量だから止めなくても大丈夫だろうと踏んだのが悪かった

「此処から先は一気に気温が変化しやすから」
「その前に水浴びしたい…」

冷え込むなら凍死する前に身体を洗いたい
我儘を言うと小さいオアシスに案内された

やった、砂塗れの身体と少しおさらばできる
フードを落としてコートを脱ぎ、いつもの一枚布仕立ての衣服もとって足先から水に浸かる

「生き返る…あー…」

髪に絡まった砂を取ろうと触れる
知らないうちに伸びたなぁ。前は顎下ぐらいだったのに、切り揃えるの忘れてたからもう肩につきそうだ

水面に自分の姿が映る
下半身は浸かっているからやや膨らんだ胸が、女の部分がありありと浮かぶ
こうなることを望んでいたような気がするのに、これはまるで僕じゃないみたいだ

岸辺の荷物からナイフを取り出し髪を切った
後ろまでは流石に自分では切れないから、前から見た時だけでも短く見えるようにする
斜めに、不恰好になったけどいっか

「ぎゃああああああ!!!」

突如悲鳴があがった
盗賊達の野太い声だ
水から即座に上がって茂みを掻き分ける

「大丈夫ですか!?」
「――っ、来なくていい」
「え。わぁっ!」

目にも留まらぬ速さでマスルールさんに水中に戻された
息なんて吸ってないから、当然すぐに顔を出す
少し水飲んだじゃないか!

「げっほ、っ、なにを」
「お前には関係ない…」
「悲鳴あがってて関係ないなんて、」

はっと茂みの向こう側に目をやる
無傷、とは言い難いけれど盗賊達が此方を見ていた
ていうかマスルールさんを通り越して僕を見てる

水中から出ているのは僕の上半身
膨らみは少ないものの女の体
成程。と納得した表情を見せたと同時にマスルールさんが盗賊達の顔面を掴んでいた

「ぎやあああああああだだだだだだ」
「す、すんません!許して下さい!潰れちまうから離してやってくださいいいいい!!!!!」
「そうですよ減るもんじゃないんですから」

近寄って岸辺にある布でさっと身体を拭き、とりあえず下半身は隠しておいた
女って思われてるなら変に事を荒立てるのは面倒だしね

「皆さんも水浴びされては?砂塗れは気持ち悪いでしょう」
「いいから服を着ろ」

頭から服を叩きつけられた
もぞもぞと着こんで髪を丹念に乾かす
寒いなら水滴あると凍るだろうし

「お待たせしました」

防寒服に着替えて向かう先は、砂漠から一転して雪が降り注ぐ
年間の殆どが雪に見舞われるこの地域は、所々に晴れ渡る部分が存在する
その隙間を狙って町は作られ繁栄していく
時折強い風と共に雪が舞って視界が遮られる中、小さな町の方角へ進むのは難しい

「此処足場が悪くなってますんで」
「…セレーナ」
「わっ、」

雪の下には何が潜んでいるか分からない
獣の巣か、周囲より柔らかい部分を進もうとした時担ぎ上げられた
そこを飛ぶようにマスルールさんが越していく

「旦那待ってくだせぇ!」
「マスルールさん、置いてってますって!」

僕が言うと足が止まった
遥か後ろで置いていかれた彼らがひいひい走ってくるのが見える
担がれたまま眺めていると、不意に視界が動いて降ろされた
むに、と頬を緩く摘まれる。ちょっと痛い

「敬語…」

ぽつり。風の音に消えかけたけど確かにそう呟いた
驚く僕の頬を、何が面白いのかむにむに触っている

「…いたい」

捏ねるような形になってきたので訴えると、はっと目を見開いてすぐ手が離された
耐えられないほど痛いというわけではないのに、すごくばつが悪そうな顔をしている

「ます「旦那ァァァァァ!!」

全力疾走してきたのか息を荒げて突然現れた
いち早く体力が復活したリーダー格の人が、辺りを見渡し地図を広げる

「今日はもう使われていない巣を探してそこでやり過ごすのはどうだ?」
「この町まで歩くことは?」
「そこはもう駄目だ。内戦でぐっちゃぐちゃだし、夜に入る前に寝た方がいい」

彼が空を見上げる
つられて僕も顔をあげたけど、太陽はおろか青空もない
分厚い雲が覆っていて昼なのか夜なのか分からない
それでも彼らが言うには、まだ太陽は微かに出ているらしい







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