突風が吹き荒れ砂埃が宙を舞う
うわっ、口に入った!
慌てて吐き出すも口内をじゃりじゃりとした感触が襲う

「水飲むか…?」
「大丈夫です。あー」

前を歩くマスルールさんが振り返った
砂漠、暑いなぁ。水分も欲しいけど日陰の方がもっと欲しいよ
やっぱりさっきの街で駱駝とか馬車とか借りときゃ良かった
折角彼も言ってくれたのに、お金を無駄にしたくないからって断った数刻前の僕滅びろ

「もう少し行けば確か街がありますから」

点在するオアシスの近くに小さな町があったはず
そこから更に北に上がり、地図に載るか載らないかの小さな町に着けば、あとは近くの山へ入るだけ

旅の道のりはそれほど険しいものじゃない
尤も僕1人ならバルバッド着いて出た瞬間死んでるだろうけど
危険な生物が出ても、マスルールさん1人で全部対処できるから有難い

逆を言えばそれ以外のこと
つまり宿を取ったり人に道を聞いたりするのは僕がしなくちゃいけないんだが
その程度は慣れたものだし、ついでにちょっと踊りとかで小銭稼ぎできるからいいや

日が沈み始めた頃町に着いた
今日の宿はどこでとろうかと辺りを見渡す
此処も以前経由してきた時より、大分治安が悪くなってるな

「…あの、マスルールさ」

さっと口許を塞がれる
大人しく閉ざせばすぐに離された

周囲に盗賊っぽいのがいるから
目を付けられないよう"様"とか"敬語"はやめろってことかな
口内で反芻し練習してからもう一度開いた

「マスルール、」
「ああ」

なんだ?と首を傾げる姿を直視できない
ああもう、不適切な表現かもしれないが、…可愛い

「じゃなくて、どこに泊まり…ろうか?」

うっかり悶える僕を気にも留めず、彼はその辺の宿を指さした
旅行者が多く集うその宿はほぼ満室だったが、何とか女将を口説き落として1部屋もぎ取った

「窓から侵入されるかもしれないから、開けちゃ駄目よ?」
「ええ。明日の朝陽と共に輝かしい女神を見たいですからね」

艶かしい声で言われたからウィンクで返しておく
鍵を持ってマスルールさんの所へ戻る
…ちょっとそんな呆れた顔しないでくださいよ

「―――シンさんみたいだな」
「いや僕あそこまで酷くないです」

別に女だからって誰彼構わず、酒の力とはいえ手を出す王と同じにしていただかないでほしい
あくまでも僕は綺麗だから、若しくは必要だから、その際に男女や有無機物のことは気にせず褒めるだけです

階段を上がって突き当たり奥の部屋
ベッドは簡素な物が1つ、か
他にはテーブルとランプ、水差しぐらい

値段が安かったからこんなものか
微かに溜まっている埃を払う

「毛布1枚貰いますね。端で寝ますから」
「?セレーナがこっちだろう」
「え?いやマスルールさ…貴方がこっちでしょう」

互いにベッドの譲り合い合戦
いやいやこんなことしてる暇じゃないんですけどね
結局僕の方が折れて、ベッドを使わせてもらうことになった

固いベッドに寝転がる
枕を抱き締めて窓に目をやると、月が出始めていた
夕飯のこととかすっかり忘れてうつらうつらし始めた頃、けたたましい騒音が鳴り響く

隣から聞こえたそれは、壁を壊す音に変わる
破壊された破片が飛んできたけどマスルールさんが傍にあったテーブルで防いでくれた

「見つけたぜぇー」
「ぎゃはははははっ」

数人の盗賊が押し入ってきた
大人しくしていたっていうのに、本当に厄介だな

「やっぱりマスルールさん目立ちますよ」
「…セレーナもだろ」

盗賊そっちのけで言い合ってたら、気を悪くしたのかナイフが飛んできた
驚きはするけど当たることはないって分かってるから別に避けもしない
案の定ナイフは彼が簡単に弾き返した
王がマスルールさんに頼るのも分かるな

「盗った物置いて帰られたらどうですか?」
「う、うるせぇ!」

ああ、そっちが腰抜かしてどうするんだか
マスルールさんがファナリスだと分かって捕らえにきたんじゃないのかよ
彼も拍子抜けしたのか自分から手を出そうとはしない

優しく何度も諭すけれど無駄なプライドをお持ちのようで退かない
隣の部屋にいた旅行者も、最初は脅えていたけれど、今では僕と盗賊のやり取りを口を開けて見ている

「俺らは奪わねぇと生きていけねーんだよ!」

ぽろっと零れた本心
…そっか。そうだよな
誰もが僕のように金を稼げる特技を持っているわけないし
それを見せた所で収入に上手く繋がるのは一握り

「分かりました。マスルールさん」
「?」

こそこそ耳元で考えを告げると、彼は眉根を寄せた
まあじっと見詰めていたら諦めたのか頷いてくれたけど

「僕達は行きたい場所があります。ただそこは地図に載っていないし、僕も道をちゃんと覚えていない。一緒に来て近辺捜索をしてくれるなら貴方達を雇いたいのですが」

王がくれた旅費分とは別に自分の蓄えもいくらか持ってきてる
それを使えば盗賊数人を数日雇うぐらいできる

予想外の返答に彼らは困惑している
1人は疑い深く、1人は暢気に手を上げて喜び、1人は事を見極め
最後にはリーダー格の男が尋ねてきた

「本当に払うんだろうな」
「なんでしたら半分前払いにします。残りは終わってから、それでどうですか?」

この手の交渉術には慣れている
今手にあるもの全てを置く代わりに幾許かのお金を渡すと、彼らは大人しく引き下がってくれた
一息ついて開通した壁に目をやる

「どうしましょうかね、これ」
「…それより、」
「ありがとうございます!本当に!本当にありがとうございます!!」

結果的に助けた旅行者にマスルールさんは何度もお礼を言われてる
手を取られてまるで神様に祈るようにされて、どうにかしてほしいのか僕に助けを求めてきた
面白いので放っておこう

瓦礫を退けて隅に追いやる
空いた穴は大きいけど、何とか毛布で隠れた

「何とお礼申し上げたらいいか…2人の未来に幸あらんことを!」

花でも撒き散らすかのごとく喜び叫ぶ
僕がもう遅いからと促すまで、彼は感謝の言葉を述べ続けた
ようやく静かになってベッドに戻る

「それじゃあ、おやすみなさ…っ」

寝転び振り返って挨拶をしようとしたら、離れていたとばかり思っていたマスルールさんの顔が凄く近くにあった
思わず悲鳴をあげかけたけど何とか耐える

顔の横に両手をついて見下ろされてる
紅い瞳に吸い込まれそうだ
目が離せないでいると少しずつ顔が近付いてきて、触れそうになった時ぎゅっと瞳を瞑る

…あれ?

いつまで経っても何も来なくて目を開ける
離れた場所で毛布を手に、マスルールさんは暢気に寝る準備をしていた

え。ええ、ちょ、からかわれた?
慌てふためく僕を見て、彼は僅かに笑った気がした
「お前も寝ろ」と一言残してさっさと寝やがった

「……っ、ばか…」

畜生遊ばれた。小声で悪態を吐いて毛布を頭まで被る
別に期待していたとかそんな…ことあるんだけれど、さ

悶々と考えてたら一向に眠気が来ない
対照的にマスルールさんは涎垂らしてまで寝てる

そっとベッドを抜け出して近寄る
ちょいちょいと毛布で涎を拭う
睡魔がやってくるまで寝顔でも見つめとこう

――好きな人寝顔って世界一かっこよく見えるよなぁ

あ、違うっけ?欲情して見える?
お兄ちゃん何て言ってたかな。寝顔は最大の好機?
…何か違う気がしてきたから考えるの止めよう

「…おやすみなさい」

ちゅ、と口角にキスをする
うーん…うん、やっぱり照れるな
恥ずかしくなって毛布に入ると今度はすぐに眠気がきて深く深く落ちていった







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