「ナーキスの始まりは1つのしがないルフ。ルフが故に自分以上の魔力を作れず、人であらざるが故に早くソロモン王の膝元へ還る。僕の故郷は彼が死んだその場所です」

お兄ちゃんから聞かされたナーキスの話
幼いながらに僕は、彼に同情し、泣いたのを覚えてる
今はあの頃よりもっと彼と自分想い重ねられる

「あのねセレーナ。あなたの故郷は彼の加護が強くあって、だから他の場所にいるより体調が優れるのよ」
「…分かっています。でも、あそこは」

記憶にある綺麗な世界はもう無い
アディンの言うとおりならば、誰にも供養されず放置されているんだろう
今も尚大地に紅い痛みを染み込ませて

どれだけ悲痛なルフが飛び回っているのだろう
温かかったあの場所は、今は

「――俺がついて行きます」

凛とした声が響いた
皆一斉に彼を見る

「どうしたマスルール。さっきまでは乗り気じゃなかったのに」
「…見に行かないで悩むのは、良くないと思うんで」

その一言に王は小さく笑った
僕を部屋に送るよう彼に言って、言いつけ通り僕は背におぶられる
大きいとばかり思っていた背中が少し小さく、遠くに感じた

「マスルール様は故郷に帰ったことがあるんですか?」

首に腕をまわしたまま尋ねる
僅かに反応して、暫く沈黙が続いた後頷いた

悠久の地、カタルゴ
本でしか僕はそれを知らない

マスルールさんが生まれた場所
きっと、彼みたいに優しくて強くて、それでいて温かい場所なんだ
肩に額をつけると森の匂いが鼻腔を擽った

「そこにファナリスはいなかった」

女官や文官の声が飛び交う中、微かなそれははっきりと耳に届いた
けど顔は上げずに瞳を閉じる
まわした腕の力をちょっとだけ強めた

「寂しい、ですか」
「…さあな」

分からないといった声が返ってくる
もしかしたら、なんて期待が当時の貴方にはあったのでは?
――でもそれは聞かない。聞いちゃいけないことだ

「此処でいいか」
「はい」

部屋の扉の前でおろされる
頭を下げてドアノブに手をかけた
その体勢のまま頭を傾け顔を後ろに向ける
律儀に僕が入るまで待っていた彼を見上げた

「故郷に僕も帰ります」
「ああ…」
「でも、」

キィ、と軋んだ音と共に扉が開く
ドアノブを持つ手と逆の手で、彼の手を取り自分の頬に触れさせた

「必ず此処に戻ってきます。その時は貴方のためだけに歌わせてくれますか?」

掌が頬から離れて優しく髪を撫でた
肯定と受け取り、僕は部屋に入る
扉を閉めてすぐずるずると床にへたりこんだ

「――っあー…」

心臓がばくばく煩い
自分でも時折行動が読めなくて驚くよ

素直に言葉を伝えられないと思ったら、次の瞬間には意味がわからないくらい大胆な行動に出る
相手のすべてに一喜一憂して…これじゃあ身も心も持たないな

火照った顔を冷ますべく窓辺に行く
夕陽が風と一緒に差し込んだ

後ろに伸びる影が僕に向かってくるような感覚
ゆっくりと、じわじわと、足元から這い上がり首筋に手をかけ、最後には飲み込んで

「蝕めるものなら、蝕むといいさ」



全身全霊で抗ってみせるから







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