「痛い!いた、いたたたたたた!!!」
「はい次来なさい」

真っ赤になった耳を押さえてその場から僕は逃げ出す
ジャーファルさんに抓られたんだ
最初は叩かれそうだったけど、マスルールさんがそれは止めてくれて耳抓りで済んだ

代わりに今彼は僕の分もプラスされて怒られている
まあ肉体的な痛みはそれほど効いてなさそう
しかしジャーファルさんの怒りは数日経った今でも衰えを知らず

「マスルール、君には宿題を出します」
「え…」

あ、今物凄い嫌そうな顔した
そんなに宿題やりたくないのか

「うぁー…!」

部屋の隅からシャルルカンさんの悶える声がする
彼は僕より前にしばかれまわったのだ

「大丈夫ですか?」
「いてぇ…あー…くそ、行くんじゃなかった」

その言葉にちょっと吹き出しそうになる
宴の出席者はマスルールさんとヤムライハさんだけだったらしい
ところがこの人は荷物に紛れ込んでついて来てたんだとか

一体誰が心配だったのやら
と、うっかり笑ってしまった

「――何笑ってんだよ」
「いいえ。冷やす物貰ってきます」
「あー頼む」

自分の耳も冷やしたいし
食堂に向かう途中、武官に呼び止められた
言伝を聞いて王の居る部屋へ向かう

「お呼びですか王よ」
「ああ、来たか」

他の方々を下がらして2人で話す
あの日何があったのか、細やかに僕は伝えていく

「――…辛い目に遭わせたな」

王は本当に申し訳なさそうに呟いた
瓦礫の中の人の生死は半々だった
既に殺されていた人は当然事切れていて、辛うじて息があった人も数人亡くなった

シンドリアから来ていた武官の人も1人亡くなった

彼の葬儀には沢山の人が来て
僕も無理を言って参列し、花を添えた
傍らでは友人や恋人と思わしき人達が泣いていた

「僕の辛さなんて、大したことじゃありません」

王を亡くしたあの国は今も混乱が続いている
宴にはシンドリアだけでなく、他の国からも来賓がいたからだ

責任は一体誰が取るのか
そもそも国として今度やっていけるのか

「辛いに大小もないだろう。…よく頑張ってくれたな」

ぽん、と頭に手が乗せられた
緩く髪を撫でられる
王の顔は優しく微笑んでいて、泣きそうなのをぐっと堪えた

「セレーナにも褒美をやらないとなぁ」
「でしたら王よ、1つお願いがあるのですが」
「なんだ?」

あの国の方々を難民として受け入れて下さい

そう言うと王は暫く考えて、笑って頷いた
ジャーファルがまた忙しくなるなと言ってまた僕の頭を撫でる

「そうだセレーナ、お姫様がいたんだってな」
「はい。あの…王は覚えていらっしゃるんですか?」
「ああ」

少女と同じ姿をしたお姫様は、誰に尋ねてもその存在が確認できなかった
生死がではなく、存在そのものが
あの国王に姫なんていなかったと誰もが口を揃えて言うんだ

最初は皆からかってるのかと思ったけど、ヤムライハさんすらそう答えた
だから僕は何も言わなくなったんだけど…

「本を読むのは嫌いじゃないと言っただろう?」
「ええ」
「ナーキスの伝説が書いてあった物に、天人花の伝説というのがあってな」

天人花、マートルの伝説
幼い少女の姿をした何かが居る
時には物乞いに、時には花売りに、時には高貴な身分に

彼女にあったら決して無礼を働くな
持てる全てを使い丁寧にもてなせ
さすれば相応の、それ以上の恩恵を授けてくれるだろう

「広域で語られている伝説だ」
「…知らなかった…じゃあもしかして」
「セレーナは人以外のものにも好かれやすいからなぁ」

あ、そうか。暗い紺色の波打つ髪、獣のような金色の瞳はお兄ちゃんと同じなんだ
だから僕は無意識に彼にそうするように、彼女にも対応したのかもしれない

「…天人花に感謝、ですね」
「そうだな」

部屋を出て行こうとして呼び止められる
王は輝くルフを纏って僕に問いを投げかけた

「此処に居たいか?」

扉に手をかけたまま振り返って僕は笑った
おかしなことを聞く王ですね、なんてね

「ええ!僕はシンドリアの宮廷音楽家ですからね!」

足取り軽やかに部屋を出る
今度こそ食堂に向かって水を含んだ布を貰い、怒られる場所へ戻った
シャルルカンさんと、ようやく怒られ終わったマスルールさんにも渡す

不意に彼に宝石を隠すための長い髪を取られた
くるくると指に巻きつけながらじっと見ている

「どうされましたかマスルール様?」
「ああ…」

返事をしてくれるものの視線は変わらず髪に向けられている
ふと此方を見ているシャルルカンさんに気付いて、視線を合わせた
…なんですかその見ちゃいけないものを見ちゃったような目は

「ちょっと来い」
「?」

腕を取られて人気の無い別室に連れてかれた
暫く沈黙が続いて、シャルルカンさんが溜息を吐き、苦々しい表情で話し出す







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