「どうして憎まない…なんで嘆かない?何故分かってくれないんだセレーナ!!」
「セレーナが強いからだ」

悲痛な言葉を遮ったのはマスルールさんだった
有り余る力を凝縮したような瞳で睨んでいる

「お前だけが辛いと思うな…それが、人の命を奪っていい理由には、ならない」

彼の言葉はほんの少しだけ自分自身に向けているようだった
それが何故なのか僕には分からない
分からないけれど、必死に僕は言葉を紡いだ

「僕もすべてを怨んだ時がありました…なんで、どうしてと、いつも考えていた。ナーキスじゃなければ、奴隷狩りに遭わなければ、女であれば!!だけど、」

ぐっと手を握り前へ出す
人差し指を突き出して、アディンへ向けた

「考えて考えて、僕は…前へ進むと決めたんだ!辛くても苦しくても…たとえ道すがら死んでしまっても、最期の時に心から笑って、胸をはって家族に会えるよう生きるって、そう、誓ったんだ!!」

ぽたぽたと雨のように涙が頬を伝い落ちる
滲む視界の先に、人の姿のアディンが見えた気がした

彼の周りに白いルフが漂う
いれて、いれてと懇願するように
その綺麗なルフはきっと、君のモノ

現実にはあの奇怪な姿だけど彼は少しだけ笑った気がした
そしてマスルールさんやシャルルカンさんを見下ろす

「…ごめん、俺1人じゃもう無理だから、最期をお願いしたいんだ」

大量の黒いルフを吸収したその身は、恐らく人に戻ったところで生きれないだろう
分かっていたはずなのに涙が止まらない

目を背けそうに、俯きそうになったけれど下唇を噛んで真っ直ぐに見た
それを確認したマスルールさんがアディンを見上げて、頷いた

シャルルカンさんが剣を向ける
マスルールさんが大地を踏み締めて構える


一瞬のことだった


呻き声をあげて消えていく
そして同時にルフが押し寄せてくる
僕の身体をそれらがすり抜けていった

最後に人間のアディンが僕の前に佇んでいる

『ありがとう』

たった一言残して彼も僕の中を通り消えていった
はらはらと優しいルフが落ちていく

気付けば目の前にマスルールさんが居た
屈んでくれて、抱き締められた

「ますっ、うぇ…っ」

言葉が出てこない
抱き締める力が強くなった
少し痛かったけど、それが逆に嬉しかった

「無茶ばかり…するな」
「ごめ、なさ、…ごめん、…」

抱き締め返そうとしたけど腕に力が入らない
さっき通り抜けたことで息苦しさはなくなったけど、当然ながら不足だ
くっついていた身体が離されて顔を覗き込まれる

「…?」

じっと見つめられる
涙とか鼻水でぐちゃぐちゃだからあまり見ないでほしい
恥ずかしくなってきて顔を逸らそうとした瞬間、キスされた

―――え?

僅かに開かせた唇の隙間から舌が入ってくる
抗おうにも口内をしっちゃかめっちゃかにされて、どうしようもない

いつの間にか背中が地面についていた
1分ほど口付けられて、離れる時には唇を舐められて、息絶え絶えになった僕をまた見つめてる

「オイお前…」

上からシャルルカンさんの声がふってきた
まだ目覚めてはいないものの、顔色は良くなったヤムライハさんを抱いて、…僕とマスルールさんを青褪めた顔で見ている
それに対してマスルールさんはしれっとしていた

「え。いや待てよ、え?」
「何すか」
「お?えっ、おおお?」

混乱しだした彼を余所に僕はマスルールさんに抱き起こされる
あ…さっきのでちょっと魔力回復してる
歩けるくらいには体内に戻っていた

「っ!そうだ、救助…!」

大広間が壊された時、まだ中には沢山人がいたはずだ
瓦礫を少しでも早く撤去して助けないと
急いで向かおうとする僕の服の裾を、誰かが掴んだ。おかげでこけた

「い…っだ、誰!…ってアレ?」

掴んでいたのは少女
暗い紺色の波打つ髪、獣のような金色の瞳
あの日僕が路地裏で話した子

「どうして此処に?」
「…お金貰ったお礼。ありがと」

ちゅっと頬にキスされた
そして彼女は瓦礫の山を指差す
何かに気付いたマスルールさんが、その山を退かした

中には人が居て、怪我はしていたけれど生きている
彼らを薄い膜のようなものが覆っていた

少し目を逸らした隙に少女の姿は消えていた
呆気にとられるも、他の人の救助の声で我に返り僕も微力ながら手伝う
全てが終わったのは朝日が昇って暫くしてからだった







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