『王が議論を好むことは厭わしい。事件を解しえずして裁判官が立腹することはいっそう醜悪である。さらにいっそう厭わしいのは、神学者たちが皮相浅薄なことであり、最も厭わしいのは富者の貪欲、若人の怠惰、年寄りの悪ふざけ、兵士の臆病である!!』

宣言と共に扉付近から悲鳴と噎せ返る血の匂いがした
雪崩れ込んでくる大勢の兵士達
この国の鎧を着こんでいるが、その瞳は恐ろしいほどにまで紅い
逃げ惑う客を、老若男女関係なく斬り殺していく

「お前…」
「失せろよ」

床に強く叩きつけられる音
粉々になった大理石の間からマスルールさんが立ち上がる
あの位置から此処まで、彼を投げたっていうのか!?

そんなことナーキスが出来るはずがない
普通の人間を持ち上げることですら困難だというのに

「ぐぁっ、セレーナ様っ!」
「――!」

背後から悲鳴と一緒に名前が呼ばれて振り返る
それによって少しだけ身体が逸れ、元々居た場所に容赦なく剣が振り下ろされた
ピッ、と痛みが頬に走って血が流れる

髪も一緒に数本落ちた
血と同じ赤い結紐も
それを見てから剣を、身体を、顔を見る


虚ろな瞳の兵士
生きているのか死んでいるのか
それすらも分からないほどに無表情で

ただ、口許からずっと言葉が発せられている
経典のように、神託のように、それが正しいのだと思い込んでいるような、そんな言葉の羅列


明らかに尋常じゃない彼らは僕を目掛けて剣を振るう
傍に居た武官が僕の腕を引っ張って何か喚いている
それを遮るようにルフが啼く

苦しい感情に息が詰まりそうだ

「もう…やめ、て」

弱々しい声は騒音に掻き消される
武官に腕をひかれて走りだす
人の死体を乗り越え、粉々になったグラスを踏み、向けられる憎悪を一身に受け





てを、ひかれてはしる
ふりむいちゃだめ、ないちゃだめ

こわくてもふあんでも
この"て"をぜったいにはなしちゃいけない
なのにそれはどこかへきえた

ひとりになる
たくさんいたのに、ひとりになる

だれもいない、なにもない
わらわないなかないおこらないしゃべらない

――― うごかない





「いやだ、っやだ……また、また…!」


どこまでにげてもおってくるよ
どこまではしってもきえないよ

"うんめい"はいつもきまっているの?



びしゃ。と顔面に血が飛んだ
前を走っていた武官の身体が視界から消える
床に倒れた彼は苦しそうに喘いでいる

「…だい、じょうぶ、ですか」
「う…っ」

屈んで少しだけ揺する
呻き声が聞こえてほっとする
だけど、どんどん息が乱れていく
彼の肩と横腹から血溜まりができていた


また、くりかえされた


あの日と同じ。何も変わらない
僕達を取り囲み見下ろす兵士達を見上げた
こわい。こわいよ、どうして

「何ボサっとしてんだよ!!」

細くしなやかな剣が兵士を薙ぎ払う
声の主は僕の頭をこれでもかというぐらい強く叩いた
痛みにびっくりしてキッと睨み上げる

「そっちこそ何するんですか!僕を殺す気ですか!」
「戦場のど真ん中でぼーっとしてるお前が悪い」

銀髪が揺れて、また1人地に伏していく
彼は…シャルルカンさんは遠くに居るマスルールさんに向かって野次を投げた

「お前もさっさと本気出せ!」
「…先輩いつ来たんすか」
「うるせぇ。こいつの面倒は見ていてやるから、心配ならちゃっちゃと終わらせろよ」
「わっ」

腰に腕がまわされたと思うとあっさり肩に担ぎ上げられた
暴れると落とされそうなので大人しくする
シャルルカンさんが、連れてきた部下の人に倒れている人の救助を頼んで走り始める

「ま、まってください、僕は…!」
「ヤムライハの所に行くぞ」

てっきり厄介払いされると思っていたのに
予想外の返答に言葉を失っていると、そのまま彼は続けて喋りだす

「どこにいるか分かるか」

そういえばヤムライハさんの姿は見ていない
目立つ格好をしているんだから、目には入るはずなのに

ピィ、と鳴いたルフに問いかける
ねえ彼女を見なかった?
ふわりふわりと漂って懸命に答えてくれた

「――おそらく中庭の一角、禁断の園に」
「中庭!?…あっちの方が早ぇな」

ちらり。開いている窓に視線が向いた
おいちょっと待って、まさか

「せええええええのおおおおおお!!」
「うわあああああああ!!」

助走をつけて窓から飛び降りやがった!
幸いにも此処は2階で、だからと言って何もこんな
文句を言う僕を無視してシャルルカンさんは目的の場所へと足を速める







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