宴はほぼ毎晩行われた
その度に僕は呼ばれ、何度も何度も歌い踊る
6日目の朝それは急に訪れた

「―――…」

気だるい。体がまるで鉛みたい
瞼を持ち上げることすら億劫だ
でも意識はまどろんでいない。むしろ覚めてる

扉の開く音がしたので耳を傾ける
静かな足音。でも天人花の子にしては衣擦れの音が少ない

寝ていると思っているのだろうか
僕の額に何かが触れる。おそらく掌だ
動く気配は微塵も感じられず、ただ置かれただけ

1分経ったか経たないか
長いような短いような感覚の中、ふっと重みが消えた
そして来た時と同じ足取りで出て行く

誰だろう。と、ようやく目を開ける
重い手を動かし額に当てる
嫌な感じは全くしなくて、どこかであった気が

「ん…まあ、いいか」

漂うルフに微笑んで衣服を着替える
連日連夜、僕の衣装は豪華絢爛で、この国の財政は大丈夫なのかと他人事ながらに心配する
日が暮れるまでは呼び出しも無いだろうと、ふらりと中庭に出る

ハレムを守衛する宦官方に挨拶をして、花が咲き誇る庭を見てまわる
この中庭の一角は、女性と国王と選ばれた宦官しか立ち入れない、所謂禁断の園になっている

実を言うと禁断の園は居心地が良い
というか、懐かしく感じる
耳を澄ませばそこかしこから聞こえる伽の声が、僕の居た迷宮を思い出させる

花に華を埋めて、蝶を誘い蜜を吸う

お兄ちゃん――アスモデウスはそういうのが大好きだった
穢いものも綺麗なものも、輝かせ淫らに美しく

我ながらなんて駄目な幼少期を過ごしてるんだ
慣れすぎた所為で、性交渉にあんまり興奮を覚えない

…はず、なんだけど、あの人とのは別、だよなぁ

「真っ赤に熟した林檎みたいね」
「っ、あ…こんにちは」

いつの間にか僕の前にはお姫様が立っていた
金の瞳が貫くように見ている
その後ろには見知らぬ男性とアディンが居た

「ちょっとアディン並んで」
「御意。如何されましたか?」
「そっくりね。まるで兄妹みたいだわ」

確かに。綺麗というものは突き詰めていくと男女共通のものになる
ということをナーキスは見事に表している
本当に僅かな差ぐらいしか無い

「貴女この国の宮廷音楽家にならないの?」
「え…」

唐突な質問に瞬きを数回繰り返す
お姫様は心底どうしてと思っているような表情だ

「詳しくは知らないけど、アディンと同じ民族なんでしょう?なら此方に来て彼に嫁ぐのが礼儀ってものじゃなくて?」

そんな礼儀初めて聞きましたよ
とは言い返せるはずも無く、僕は困ったように笑う

「有難いお話ではありますが、僕はシンドリアに恩があります故離れることはできないのです」
「なら貴女がこっちに来て私が向こうに行けばいいわね!ねっアディン」
「妙案で御座います。さすればシンドリアとの国交関係も良くなりますしね」

僕を置いてきぼりにして2人はきゃっきゃと話を進めていく
此処で彼に嫁いで、お姫様が向こうで嫁いで
誰に?王に?もしかして、

「姫は大層お綺麗でありますから、先方も快く受け入れてくださいますでしょう」
「あの方以外は嫌よ。此方ではなかなか見ない面白い方だわ。マス「あのっ!!」

自分で割り込んだのに心臓がばくばくいっている
想像に水を差されたことが嫌だったのか、お姫様は少し不機嫌な表情で僕を見た
ごくん、と唾を飲み込み言葉を放つ

「――マスルール様は、ご結婚、されないと思います」

お姫様の顔が先程より色濃く不機嫌さを表す
俯きかけた顔をどうにか上げて、彼女の瞳から視線を逸らさないようにした

「するわ。お父様からシンドバッド王にお願いをして、あの方が受け入れてしまえばいいだけの話よ」
「そんなの「政略結婚だろうと何だろうと一緒になってしまえば貴女の入る隙なんて存在しないの」

そんなの間違ってる
身体だけでもものにして、それで、なんて

だけどそう反論したくても僕には出来ない
僕はマスルールさんの恋人でもなければ上司でもない部下でもない
ましてや、同じようなことをしているじゃないか

魔力の回復という名目を得て
少しだけ、少しだけと言い聞かせていつまでも

「何もしてない貴女に言われたくないわ。欲しいから手に入れるだけよ。恨むなら自分の立場を恨みなさい。所詮宮廷音楽家にあの方は過ぎた望みよ」

言いたいことを言ってお姫様は去っていく
ぐっと下唇を噛む

何も知らないくせに、貴女に言われたくなんかない

同じ土俵に立てたならば僕は絶対に勝てるのに
姫であれば、ナーキスでなければ、女であれば

「ほらセレーナ、君はやっぱり女になるべきだろ?」
「なっ、離せっ!」

残っていたアディンが僕の手を取り笑う
瞬間寒気がして、声を上げて振り払った

「…いいこと教えてあげようか」

睨みあげても彼は飄々としている
髪の隙間から見えたサファイアは、前よりもっとくすんでいた

「王は君を返す気なんて毛頭無いよ。姫は知らないけど王は俺達がナーキスだって知ってるからね。傍に置けば自分がいつか全ての国を制することが出来るとでも思ってるんじゃないかな」
「そんな…アレは不確かな伝説にしかすぎないのに!」

弱いからこそ強者に取り入る
そこで魔力を安定して得るためだけに仕える
ただの勘違いからできた伝説を、どうして信じることができるんだ

「権力者の欲じゃないか?他の伝説も知ってるみたいだからな」

アディンはのんびりとした声でそう言う
手頃な葉を摘み取り、先を切って丸めたと思うと草笛にして吹きだした
とても草笛とは思えないほど綺麗に音楽を奏でていく

「僕はシンドリアの宮廷音楽家です」
「…君がどう思おうと運命なんてくだらないものは最初から決められてるんだよ」

草笛が地面に捨てられ踏み躙られる
生きていたモノが、今死んだ

「今宵の宴が楽しみだね」
「…忘れられない一夜にしてみせましょう」

彼の脇をすり抜けて真っ直ぐに客用の塔へ向かう
5分もかからないうちに武官を見つけ、掴まえて預けていた物を取り出してもらった
蔓で編まれた籠の蓋をそっと開く

「セレーナ様それは?」
「僕の想いですよ。これを宴の前に控えの部屋へ持って来てくれますか」






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