瞳を閉じる
シンドリアの夜が浮かぶ

南海生物が現れた日は皆が喜ぶ
僕の歌に踊りに、何より笑った顔に全てが煌いて

それが嬉しくてもっと笑う
一時で良いから夢を魅てほしいと切に願う



滑らかに音が消えていく
余韻を含んで音楽が終わる
入れ違いに響き渡る拍手に僕は再度礼をした

見渡した人々の顔は笑っている
でもそれは心からの喜びというよりは、何かから逃げるような、現実を直視しないものだった
脆く崩れ去りそうなものの上に成り立つ笑いは見ていると不安になる

僕の次は見知らぬ国の管弦楽団
夢を見ているようだ。夢だったんだ
なんて思ってしまいそうなほどに大広間は虚無の魅惑で包まれていく

心がざわめき出したとき、護衛の任で来てくれた武官が僕を呼んだ
華やかな席から一転して静かな廊下へ行く

「本国へ帰る準備をしてください」
「えっ?」

数日間は滞在するんじゃなかったのか
僕の驚きは尤もだと武官が詳しく説明してくれた

「少しでも危険があった場合、王よりすぐセレーナ様を連れて帰るよう仰せつかっております」
「何が危険なのですか?」
「そ、それは…」

口籠る彼をじっと見つめる
ルフが慌ただしく周りを飛び回る

「…わかりました。まだ帰るというわけではないんですよね?」
「はい!あくまでも緊急の時にですので」

彼は僕の言葉に露骨に安堵を表した
言えない何かを託されているんだろう
それを無理に聞き出すほど空気が読めない人間じゃない

そもそもおかしな話だったんだ

この国は貿易が元々盛んというわけではない
内に秘めた技術を放出して、それで経済や国家が成り立っていた
その技術は素晴らしい物で最早余所の文化など要らないぐらいだ

なのに最近は僕や他国の者を呼び集めている
放出したものを回収するかのごとく

「それと此方をお預かりしてます」
「手紙?」

広げると羊皮紙とインクの香りが漂う
綺麗な、それでいて少し丸めのヤムライハさんの文字
僕に直接渡してくれたらよかったのに

急ぎのため挨拶は省くというものから始まったそれは、サッと僕の顔から血の気を引かす
落とさないようぎゅっと握り締めた部分が小さく音を立てて破れた

「セレーナ様顔色が…!」
「いえ、…これはすぐに燃やして下さい。灰は暖炉の中にでも、そして他の方にも何が起きても平然と、毅然

として態度を一切変えぬようお伝え下さい」

差し出した手紙を受け取り、意を汲んでくれたのか神妙な面持ちで頷いてくれた
足早に去っていく背中を見送って壁に背を預ける

「僕が、消えるか、彼が、消えるか」

途切れ途切れの言の葉はナイフのように心を抉っていく
頭の中で手紙の内容を反芻する


『あなたと同じナーキスの彼は、きっとあなたの味方にならない。
 それどころか大切なものまですべて奪ってしまうわ。
 私にはセレーナの大切なものが、本当に大切に思っているものが何か分からない。
 だからすべての判断はあなたに任せます。
 出来る限りの援護はするわ。でも最後に決めるのはあなた自身。
 
 王からの伝言も書いておくわね。』


「――何が正しいか自分の頭で精一杯考え抜いて、導き出した答えを、信じて行動する」

今度の言の葉は水のようにじんわりと波紋を広げ浸透していく
そろそろ大広間に戻ろう
長い廊下の途中、窓辺から月が見えた

欠けのない綺麗な満月
妖しく美しく怖く、恐ろしいほどにまで輝く月

「…わたしの胸の恋心 嘘偽りもあらばこそ
 あらわに君に語ります わたしはあなたが恋しいと。
 悶える胸の熱き火を いざ、わが君よ、とくと見よ。
 赤くはれたる瞼より、君ゆえ流る涙雨。」

空に抜けるように声が舞う
誰に言うわけでもない歌が、僕は1番好きだ

素直に想いが溢れ出る
届かないと思えば思うほどに愛しさが募っていく
ダメだなぁ。強くなろうと思ってシンドリアを出たっていうのに







「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -