真夜中、中庭から月を眺める
すっと吸い込んだ息は澄んでいて気持ちいい
妙な高揚感をおさめるため深呼吸を繰り返す

「君の髪は俺より少し薄いね」
「――! うわ、っ…あ……」

突然の声に驚いて振り返ると、彼がいた
その言葉の通り、僕より僅かに濃い髪色を月光に照らしている
シンドリアの礼をとる僕に彼は目を見開いた

「名前は?」
「…セレーナ・アイオスと申します」
「ん?いや片方でいいんだけど」
「諸事情で両名を名乗っています」

彼はふうん、と呟いて僕を見る
どこか面白くなさそうな瞳

「俺はアディン。どうぞよろしく」

夜風が通り過ぎた時宝石が煌いた
オパールの隣に並ぶ、サファイアの蒼が映る
だけどそれは綺麗と呼ぶには少しばかり濁っていた気もする

差し出された掌に応えて握手する
角ばった手。でもマスルールさんのよりは柔らかい
あの人のは大きくてちょっとざらざらしていて、でもいつも優しかった

「――…気に入らないな」
「え…」
「何をそんなに恋焦がれて悩む?」

背筋に悪寒が走った時にはもう遅かった
繋いだままの手を引かれぎゅっと抱き締められる

「やっぱりまだどちらか決まってないんだな」
「っ、やめ…!」

腰を抱いていた手が身体を弄る
必死に胸板を押し返しても、多少よろけるだけで離されはしない
顎を掴まれぐっと上に持ち上げられた

覗き込んでくる瞳は同じ色とは思えないほど深い

「女になりなよセレーナ」

低く酔わすような声で囁かれる
普通の人なら一発で落ちるような甘いもの
だけど僕だって同じナーキスで、その手に簡単に落ちるわけにはいかない

「僕の身体は僕が決めます」
「いいじゃないか。女になって俺との子を作れば」

はっ?何言ってるんだこの人は
思ったことがそのまま表情に出てたんだろう
僕を見て彼は楽しそうに笑い説明を始める

「もうナーキスは俺と君ぐらいしかいないはずさ」

とつとつと彼は語りだす
僕達が受けた悲劇のすべてを



老若男女問わず、だった
ナーキスであればすべて狩られていく
地獄の方がマシだというぐらい、酷い有様だった

抵抗すれば容赦なく殺される
親は子を、姉は妹を、兄は弟を、弱く幼い子ほど逃がそうと皆自分を犠牲にしていく

その姿に躊躇いなど微塵もなかった
おかしいと誰も思っていないようだった

何故物のように奪われなければいけないのか

元凶である奴隷商人達を恨む素振りは見えない
逆に懇願して下の者を見逃してほしいと頼むぐらい

「俺はね一家纏めて捕らわれ、連れて行かれかけた時に落石事故に遭ったんだ」

瞳を閉じて死を覚悟したのに痛みはこない
恐る恐る開けた先に見えたのは、家族が自分を守り覆い被さる姿
既に事切れた両親の顔が落石に飲み込まれていく

「商人は死んだ親の身体を引き摺りだして、…何をしたと思う」
「…そのまま売りに出したとか」
「親父の方はそうかな。母親の方は死んだっていうのに慰み物にされたよ」

落石の陰に隠れてその光景を見た
頭がおかしくなりそうだった。いや、おかしくなった
他の兄弟も引きずり出されていく

「生き残ったのが自分だけだと知った時どれほど憎んだことか」

どうせなら一緒に連れて行ってほしかった
幸いにも事故で枷が外れたから、そのまま逃げた
逃げることしかできなかった

「村には死体すらなかった。全部全部持っていかれてそこらに血があって、悲鳴がずっと空気中を漂い続け、視界はいつでも黒と赤の状態にしか感じなかった。何度も吐いて吐いて泣いて噎せて―――悟ったんだ」

誰もいない。何もない
守ってくれる人も守る人も

ならば自分のしたいことをすべてしよう
何にも縛られず、憎み恨み遊び歪んで笑い続けて

「セレーナなら分かるだろう?故郷を家族を奪われた苦しみを」
「―――……」



素直に頷けなかったのはどうしてだろう



それは僕が幸せだったから
迷宮に匿われ、10年もの間おにいちゃんと一緒にいた

勿論あの奴隷狩りのことは辛くて苦しい
当時の商人が目の前にいたら、罵り倒すぐらいには嫌いだ
でも、僕は憎み続けられない

「君の噂を聞いた時は嬉しかった……ずっと1人だと思ってたからさ」

穏やかな表情で彼が言う
それには僕も同意した
自分が最後だと思っていたから

多種多様な人が住むシンドリアですら、民族の違いを感じる時がある
些細な違いが個人を浮かばせ孤独を浮き彫りにする
どれだけ親しい人が傍にいても付き纏う1人の寂しさ

この人も寂しいんだろうか

「さすがに冷えるね。寝ようか」

身体が解放される
同時に額に唇が押し当てられた
軽い音を立てて離れていくそれを、僕と、もう1人が見ていた

「シンドバッド王は過保護で面白いお方だな。おやすみセレーナ」

彼が茂みの向こうを見てふっと笑う
挨拶には答えず、ゆっくり後ろを見た
木に凭れかかる赤い髪が視界に映って、すぐに消える

「ま、まって…」

呼び止めたって仕方ないことなのに
無意識に零れ出た言葉にマスルールさんが振り返った

「なんだ」
「あ…、」

それ以上近付くな
瞳が、声が、強くそれを含んで放たれる

言葉の代わりに零れ落ちそうな涙を堪えて僕は首を横に振り礼をした
「呼び止めて申し訳ありません」と事務的な返しをして、自室に向かって走り去る
ずきずきする胸の痛みにやられて死んでしまえたら楽なのに







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