春 日 偏 能 惹 怨 長




てんてこ舞い、という言葉があるが
彼女にはそれがぴったりすぎて至極…迷惑だ

「夏黄文様あぁぁー!」
「今度は一体何だ…」
「この間届いた書簡が見当たらないんですよぉぉぅ、どうしましょう、今日中に紅炎様にお渡ししろって言われてたんですけど私まだ処刑嫌です死にたくないですうぅぅぅ」

ならばその汚い机を日頃から綺麗にしろと
いや、此処で説教を垂れても仕方ない
この者がミスをすれば、上司である私にも火の粉が降りかかる

「また何故紅炎様のを…!それもこんなギリギリに…!」
「だって先日まで遠征してらして、お渡しする機会無かったんですよう。部下の方も皆出払っていましたし、紅覇様には直接渡せとつき返されましたし…!」

嘆く彼女と2人で書簡や巻物の山から探り当てる
手が動いているだけマシだが、五月蝿い。耳障りにも程がある

「少しは泣き止め!」

見つからない苛立ちも相俟って強めに怒鳴ると、ぴたっと泣き言は止んだ
が、同時に何故か物凄い後悔に見舞われる

止まるには止まったのだが、彼女は私を見て、瞳を先程よりも悲哀の色を強くした
無言のまま手が動き出す
…何故私が罪悪感に苛まれねばならぬのだ

「…本当に、申し訳御座いません…」

一向に見つかる気配の無い書簡
机を引っくり返していると小声で謝罪の言葉が聞こえた

「――以降気をつければ問題ない」
「はい…」

しおらしい声に思わずどきっとする
聞き慣れないものは心臓に悪い

沈黙が流れつつ作業は続く
一刻ほど経ち、もう諦めて頭を下げに行くかと思い出したその時、ひらりと本の隙間から書簡が数枚落ちた
その1つには綺麗な字で『練 紅炎様』と書かれている

「これではないのか?」
「あっ、それです。良かったぁー…」

差し出した書簡を安堵の表情で抱え込む
早く届けに行けと言えば、礼もそこそこに慌しく去っていった
よりいっそう汚くなった部屋の片付けは当人に任せよう
自分の仕事をしに戻り、その後は何事も無く終業した

自室に戻る途中神官殿に呼び止められる
あまり気の良いものではない笑みを携えながら、私に詰め寄る

「メガネーお前ンとこに女の文官いるだろ?」
「いるにはいますが、それが?」
「今日紅炎と話してたら来てよ。手紙渡したと思ったらいきなり土下座してさ、『遅くなったのは自分の責任で夏黄文様は一切関係ありません!処罰は全て私が請け負いますから、どうか!』って言い出すもんだから面白くってな!今度貸してくれよ、ああいうのはからかうと絶対楽しいから!」

けらけらと神官殿が笑う
私は返事をせずに、一礼してその脇を抜けた

月明かりが照らす廊下で彼女が項垂れている
叱られた時と同じように、その瞳に悲哀を浮かばせて

「っ、あ!夏黄文様!」

話しかけるより早く私に気付き頭を下げた
先程の件と、碌に礼を申さなかった謝罪を繰り返す

「…紅炎様に土下座したと聞いたが」
「うぇっ?あ、神官様いたの忘れ…ああいえ、あの、えっと………私のような者の所為で夏黄文様にご迷惑をおかけしてしまっては、申し訳ないと…」
「充分書簡探しで迷惑はかけられたのだが」
「重ね重ね申し訳御座いません。もう返すお言葉がありません」

ほぼ直角に頭を下げる彼女を見下ろす
埃や泥に塗れた衣服、おそらく顔もそう変わらない

迷惑である。本当に
次から次へと面倒事を引き起こし、最後には私に泣きついてくる
それも本当に最後の最後に来るから時間が無いことばかりだ

だが、それでも

「明日は休暇を与えるから机上を片付けなさい」
「は、はい!ありがとうございます夏黄文様!」

大人しい彼女より、多少騒がしい方が落ち着く自分は、もう手遅れのようだ





      
(しゅんじつひとえに よくうらみをひいてながし)




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