鶯 啼 山 客 猶 眠




『必ず、戻ってくるから』

うん。と私は頷いた
小さくなっていく彼の後姿

本当は、本当は追いかけたかった
一緒に行きたいって駄々を捏ねたかった

それかずっと此処にいてと言いたかった
私と死ぬまで、この村で

でも臆病な私はそんなこと言えるわけもなく
涙を堪えながら見送るしかできなかった



彼は今も帰ってこない



私1人が取り残された
いつまでもいつまでも待ち続ける
約束を違えることはしないと、彼が言ったから

「鬼灯、お前さんももう25になった」
「父さん、私は知らない誰かと結婚するぐらいなら、今すぐ舌を噛み切って死ぬわ」

ぐっと父が言葉を詰まらせる
申し訳ないとは思っています
だけど私には、到底無理な話なのです

「良い話なんだ…領主の息子さんだから一生安泰なんだぞ…」
「ならば父さんが嫁げば良い。私は安泰なんて要らない。この命がいつ尽きるか分からない昨今で、自分の意思を曲げてしまえば最後死んでも後悔するでしょう」
「どうしてそこまで…」

話を最後まで聞かずに私は席を外して外に出た
貧しい農村。食料も人手も少なく、皆か細い

だって何かに秀でた者は取られて行く
隣に住んでいた家族の長女も、綺麗だからと都に嫁ぎに出た
見返りにお金を貰って…でも家族は幸せそうじゃない

きっと今にその娘さんは泣いて帰ってくる
都には比べものにならないぐらい美人が居て、ちっぽけな農村程度の美人、掃いて捨てるほどいるから

「…君もそうなってしまった、のかな」

青空に向けて呟いた
私に彼と同じくらいの器用さがあればよかったのに

いつも私は物事1つしか見れない
不器用で、損なことばかりする

彼を想うのを止めれば、今頃幸せではなくとも空腹に困ることはなかった
父さんにあんな顔をさせることも無かったはず

「鬼灯ちゃん!大変だよっ」
「おばさん。どうしたの」
「ああっ、説明してるのも惜しいから、早くお逃げ。都から召集がかかって娘全部連れてくってんだ」

この子と一緒に早く、と幼い少女の手を渡された
少し前に若い男全て持っていったのに、今度は女まで持っていくの

おかしな国。狂ってる

だけど私は此処から去れない
彼が帰ってくるまで、私は此処にいなくちゃいけない

ちょっとだけ村から離れた場所で、同じように逃げている女性に少女を預けた
止める声も聞かずに私は村へ帰る
娘を出せと怒鳴る武官達のもとに進み出た

「この村には私しかおりません」
「そんなはずはないだろう。戸籍にはちゃんと…」
「皆死にました。碌な食べ物も無いのですから、弱き女や子供はすぐ死にます」

強く言い張れば向こうは黙った
諦めたのか、私1人だけ連れて行くと言った
父さんが必死に泣きつくけど一蹴される

「お願いです、鬼灯を連れて行くのはどうか…っ!あの子には心に決めた人がいるんです…!」
「…父さん…」

その言葉に私は少しだけ救われた
ありがとう。きっと聞かなかった言葉の続きはそれだったんだ

「だがなぁ、俺達も連れて行かないと…」
「若い女を連れて行けと言われただけですか?」
「あ、ああ」
「ならば生死は問わずして、ですよね」

私の言葉に周りが凍った
一瞬にして静まり返った後、皆が私に言葉を投げかける

「どうせ連れて行かれても慰め者にされるだけ。ならば此処で死に、魂だけでも残して待ちます。彼が戻ってくると言ったのならば、私はそれを信じて待つしかないんです」

隠し持っていた短剣を取り出した
止められるより先に、自分の心臓目掛けて振り下ろす


「鬼灯!」


懐かしい声がした
胸は赤く染まることなく、寸前で止まる
代わりに地面がぽたぽたと色付いた

「夏黄文殿!手が…っ」
「…鬼灯、それを置いて、私を見ろ」

ゆっくりと短剣から手を離し、顔を上げていく
面影の残る顔に、言葉が上手く出てこない
血の流れていない手が私の頬を撫でた

「悪いが私と彼女2人にしてほしい」

他の人に告げて腕を引かれる
滴り落ちる赤い滴が、点々と軌跡を作る
人気の無い場所で離された手を、私は咄嗟に掴み近寄った

「待ちくたびれて、疲れた…」
「本当に…ずっと待っていたのか」

信じられないというような声がした
私は彼を見上げる。最後に見た時には同じだった背
遠くなったのか近くなったのか分からない距離は、私達が離れていた分の罰

「君は『必ず、戻ってくるから』ね」

血塗れの掌を取り、戒めのように自分で頬に擦り付けた
決して良い思い出の無い匂いが肌に沁みこんでいく
その指がすっと鼻を通り、反対側の頬に何かを描く

「…召集がある。都に来てもらえないだろうか」
「ええ、これで思い残すことは何もありません。どうぞ私をその礎に」

もう引き離されても哀しくない
貴方と同じ、その顔の模様を得て進める

今度は私も一緒に歩いていけることが、貴方と結ばれるより私はとても嬉しいの





『夏黄文はかしこいねぇー…』
『金が無いんだからせめて学は無いと、裕福になれないだろう』
『私はどっちも無いからダメかな』
『――…女子供は男が養うからいいんだ』
『そっか。でも私は夏黄文がいれば、いいよ。女ってのはそういうもんだって、隣のお姉ちゃんも言ってたしね』





     
(うぐいすないて、さんきゃくなおねむる)




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