春 風 払 檻 露 華 濃




廊下でわいわいとした男の人の声がする
そっと物陰から覗けば、ああ、やっぱりね
案の定彼と彼の部下達が何か密談めいたものをしている

音を立てないよう忍び足でその場を去った
部屋に戻って、書き物をしていると扉が叩かれる
「はい」と短く答えて鍵を開けた

「お疲れ様夏黄文」
「…」

何も答えずに私のベッドに一目散に向かう
ぼふん!と換えたばかりのシーツに身体を埋めてる
隣に座って冠帽を取ってその柔らかな髪を撫でる

「鬼灯…」

5分ほど撫でていれば、私の名前を呼んだ
と思いきやずるずる這うように動いて私の腰を抱き寄せ沈めた

視線が合う位置まで移動する
そうすれば、ほら情けない顔

「まだバルバッドでのことを悔いているの?」
「うう…姫様が帰るなどと申すから…」
「仕方ないじゃない。あの一件は確かに紅玉姫には重過ぎるわ」

ぎゅうっと抱き締められる
赤子をあやすように私はまた髪を撫でる

本当にこの人は面白くて可愛い
どうやったら偉くなれるか、出世できるか
なんて悪代官みたいなことを日々考えているくせに

いざという時には失敗したり、本来の優しさのせいで損をする

ううん、損ではないか
少なくとも私は彼のこういった所が好き
賢いふりして馬鹿なとこがとっても

「今度こそ摂関が行えると思ったのに、ああ、忌々しい」
「だけどどこか安堵しているでしょ?」
「――…まあ、そうではある、が」

貴方の本心は、紅玉姫を当時のバルバッド王に嫁がせることを望んでいない
政略結婚であろうとも、出来るならば姫が好けるような、姫を託しても大丈夫な人とさせてあげたい
ずっと傍にいてお世話してきたんだからそう思ってるはず

「…ちょっと、妬ける」

ぽつり、と本音を洩らした
彼は何も言わずに私を強く抱き締めた

貴方は姫のお付き人。官吏であり、眷属器使い
今はこうであってもいつかは強く尊くなる

かたや私はしがない官女
眷属器使いでもなければ武官でも文官でもなく
日々世話仕事に追われるだけの、つまらない女

それと姫様を比べるのはもってのほか
嫉妬するなんて、馬鹿な話

「私は偉くなりたい」
「夏黄文ならなれるよ。絶対に」

人の情を捨てきれずもがき苦しむだろうけど
私は貴方が、その本当の綺麗な心のまま偉くなれるって信じてる

「…これは、独り言なのだが、」

抱き締めたまま彼が呟く
こう言う時の発言は、聞かなかったことにしてあげるのがお約束

紅玉姫へのちょっとした不満とか
今後の戦略についてとか、部下への情報操作とか
ぼやくことで整理する彼のために私は瞳を閉じる

「農村育ちが故に私はいまいち愛人という存在が理解できない」

うん、今日は重役の愛人さんへの愚痴かな
何か誘われたのかな…おっと、余計な詮索は駄目
無心にして、言葉を流す

「跡継ぎ問題が発する王族ではない限り、私は伴侶は1人で良いと思う」

正論。でもこのご時勢ではなかなか無い発言
女も一種の権力の象徴だからね

「そして出来るならば私を慰め、叱咤し、背を押してくれる者が良い」

ふと身体が離れた
いつの間にか彼が私をじっと見つめてる
つられて食い入るように見つめ、何故か頬が熱くなる

「…夏黄文なら、できるよ。そういう奥さんが」

うっかり独り言に返してしまった
諌められるかな、と思う暇も無く額に口付けられた

「もうそれは出来ているから、あとは私が頑張るほかないのだ」
「それ、どういう…」
「明日も早いから私は自室に戻る」

起き上がって冠帽を被り直した彼は、いつもの賢い夏黄文様
足早に扉まで向かってしまう背に向けて、座り直した私は投げかけた

「これは独り言なんだけど」

ぴたりと扉を開ける手が止まる
振り向かなかったのは、有難い

「私は貴方を愛してます」
「――それは独り言とは言い難いな」

扉を開いて此方を見た貴方の、その嬉しそうな子供みたいな笑顔が私は一番大好きなの





      
(しゅんぷうかんをはらって ろかこまやかなり)




「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -