「セレーナ!」
「はい、なんですかヤムライハ様」

あの日以来僕は何をするわけでもなく王宮内に留まっている
一時は出て行くことも考えたけど、名目上僕は王宮のお抱え踊り子なので、そう簡単には出て行けない
かといって仕事も特になく、時折ヤムライハさんがこうしてナーキスについて聞いてくるぐらい

僕の素性、民族については2人以外には伏せることにした
時期がくれば王には話すだろうけど
黙っているという事は、騙して人のそれ――ルフを取ることになるが、それに関しては2人とも気にするなと言ってくれた

「以前聞き損ねたのだけど、此処に名前についての記述があって…」
「ああ、そうですね。僕達は「おい」

強く肩を引っ張られ痛みに顔を顰める
見上げた先には褐色肌の、ええと、シャルルカンさんだったな
妙に険しい顔をして僕を見下ろしている

「何かご用件でも?」
「ちょっと来い」
「なっ、待ちなさいよ。セレーナは私と話してるんだから」

ヤムライハさんが必死に僕の腕を掴んで止めるけど、問答無用で連れて行かれる
馬鹿とか最低とか叫んでるのが聞こえた

いくらか進むと金属音が耳に届いた
そこには体格の良い武官や異国の衣装を身に纏う武人が対戦していた
呆気に取られて見ていると、呼び声と共に何かを投げ渡される

「ぅ…っ、重…っ」

鍛錬用の剣だろうか
両手でやっと持てるぐらいの重さ
シャルルカンさんを見ると中心にある台座を指差された

「俺と勝負しろ」
「え!いや、僕は「いいからやれ!」

凄い気迫に負けて台座へ向かう
まるで死刑台へ登り詰めてる気分だ
憂鬱な面持ちのまま上がって剣を構える

彼が抜いたのはすらりとした細長くややしなった剣
独特の形のそれは、どこかで見た気もする
ぼんやり剣について考えている間に開始の声が響いた

「何ぼーっとしてんだよ」
「え、わ…っ!」

額目掛けて剣が突かれる
咄嗟に体を捻って避ける
…剣の重みでごろごろと無様に転がったが
しかしこの人本気で殺しにかかってきたぞ…!

「避けるならもっと綺麗に避けろよな!」
「――っ、そんな無茶苦茶な!」
「口答えすんじゃねえ!」

容赦なく繰り出される剣技を紙一重で交わすのがやっとだ
でも、それは長く持たないってことを僕が一番よく分かっている
僕はあらゆる知識は叩き込まれたけど、武術に関しては全く教わっていない

「どうした…?息上がってるぜ」
「…はっ、…くそっ」

どうやら殺す気は無いらしいが無傷で返す気も無いらしい
右頬と左上腕、左脹脛の皮膚や衣類に切れ筋が入った
血が出ているのは右頬だけで、実際の痛みはそこぐらいだ

だが、このまま続けば本当に危ない
ざくっと腕に刺されてみろ。気を失ってご臨終か、痛みに悶えながら生き延びるか二者択一だ
どっちも嫌だ。剣の試合に勝てなくて死にましたなんて喜べるほど剣術好きじゃない

どうやって逃げるか
ひたすらそれを考え続ける僕に苛立ったのか、彼が声を荒げた

「男だったら真っ向からきやがれ!」
「……っ!」

ダン!と押し倒された僕の右横に剣が突き刺さる
数本髪が切れた音がした
僕を見下ろす瞳は酷く冷たい

「…男、じゃなかったらどうするんですか」
「言い訳かよ。アイオスなんて女名無いだろ」
「女は守られるとか男が守るとか、僕そういうの大っ嫌いなんですよ」

心底。それこそ反吐が出るくらいに
今まで散々守られてきたからこそ、その理論に嫌気が差す

「男女の差異に気を配るとか浅はかにも程がありませんか」
「てめ…っ!」

横にあった剣を抜かれ再び振り下ろされた時、あと僅か数mmの所で声がかかり動きが止まった
視線だけ声の方へ向けると、緑色のクーフィーヤが靡いている

「シャルルカン、あなたいくつになったんですか」
「…18ですけど」
「アイオス、あなたは」
「多分15かと」
「分かりました。では…」

台座に上ってくるのを足音で感じる
剣が視界から消えたと思うと、すぱーん!という音と共に頭部に痛みが走った
地面に転がって悶絶する
近くでシャルルカンさんも同じように痛みに悶えていた

「12,3であれば許しましたが、そのぐらいの年頃であれば容赦はしません。2人共反省なさい」
「だってジャーファルさ…!」

シャルルカンさんが反論を試みたけど、一睨みされて大人しくなった
僕は痛みでそれどころじゃない
頭を摩りながら上半身を起こせばシャルルカンさんと目が合った

「…すみません」

軽く頭を下げた再び見た時にはばつが悪そうな表情をしている

「俺だって、…悪かった。ごめんな突然」
「いえ。でも相手はこれっきりにしてください。僕弱いですから」

そう言うと彼は突然吹き出した
「確かに」とか失礼だな。事実だが

「稽古つけてやろうか」
「結構です。話聞いてましたか?」

手を差し伸べられたので、それを取って立ち上がる
2人揃ってジャーファルさんに謝った
彼は「よろしい」と笑って去っていったけど、なんだろう、何かを髣髴とさせるな







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