「朝風すずろに乙女ごの 住める方より吹きよせて
 恋にわずらう恋人の 病める心を癒すなり
 われは俘虜か、丘に立ち 恋しき人をたずぬれば
 あわれ、露営は破れはてて 答うは悲しき涙のみ
 さらば、よしなくわれ問いぬ
 『神に誓いて、朝風よ、いつかふたたびこの土地に
 幸ある恵みおとなうや、いとたおやかな姿して
 目は悩ましく、やせし身の
 小鹿に会うはいつの日か?』」



歌えば歌うほどに白いそれが宙を舞う
誰の目にも見えるほどくっきりと
彼らは円より外からは来ず、円の中から出でて中心へと帰す

つまりは手を繋ぐ彼らから出たものが彼女へと入っていく
勿論僕だって例外ではなく
手を取っている分強く引き抜かれていく

もとは彼女のものなんだから文句は言えない
歌い終わった後、横たわる彼女の血色は元に戻っていた

「…終わりました。どうぞ、手を、離し…ください…」

ちらりと円を作っていた人達を見る
それほど疲弊はしておらず、良かったと安堵の息を洩らす
円の外で見ていた男が近寄ってきた

「おい、魔法バカ。おいってば」
「そっとしておきなさいシャルルカン。ベッドに戻してあげてください」

素直にベッドへと運んでいく
一瞬睨まれた気もするが、どうだっていい
再度礼を述べようと床に手をついたが、立ち上がることは出来なかった

「大丈夫なのか?」
「お気に…なさらず。まことに、ありがとうござい、ます…」

座ったままで申し訳ないが頭を下げた
心配してくださった王が、僕の身体に触れた
酷い耳鳴りと共に全身の力が抜けていく

床にへばりつく僕の上から声が降り注がれた
艶やかで、澄んでいる、濁りの無い優しい声

「おにいちゃ…」

辛うじて頭を動かし見上げた
あの頃よりは小さく、それでも普通の人よりは大きい姿

綺麗な素顔を牛の頭で隠し、羊の毛を着込んで毒蛇を携え
軍旗と槍を持って現れる、僕の大切な人

「これは――ジン!」
「まさか迷宮攻略者ですか…!?」

ざわめく人々の声がする
駄目だ。そんな態度じゃ怒ってしまうから
力の入りきらない身体を引きずりながら、幻のような実体に近寄る

『全く…無茶をしたな。僕は頭の悪い子に育てた覚えは無いよ』
「ごめん…なさい…」
『だが行動は正しい。謝罪も良い。さて時間はあまり無いので手短に話したい』

頭を撫でられると少しだけ力が戻った
どうにか座りなおして王達を見る

『僕は第32のジン、アスモデウス。七海の覇王、シンドバッド。お前に頼みがある』

頼み。疑問に思った僕が見上げると、彼の隠された素顔は笑っていた
安心しろと言われているような気になる

「頼みとは」
『世界の異変に巻き込まれたこの者を、あるべき道へと返してほしい』

この者、と僕が指差された
あるべき道とは一体何なのか
彼はいつだって肝心なことを話してくれない

『全てをお前に頼むわけではない。ただ力添えが欲しい。―――僕にはもうお前を守る力が残っていないから』

その言葉にはっとして足元を見る
キラキラとした光が徐々に失われつつあった
左目下の宝石も、少しずつ、少しずつ温かみが消えていく

「待って!お願い、僕をっ僕を1人にしないで…!」
『言っただろう。全てを見ておいで、約束は守るんだ、と。攻略者ではないお前には、もう駄目なんだ』
「嫌だ!喋らなくていいから!だから、いやだ…1人は、いやだ…」

泣きじゃくりながら蹲る
そうしている間にも消えていくのが分かる
けど、顔を上げる元気は無かった

「…」
「マスルール?」

誰かの声がしたと同時に無理矢理顔を引き上げられた
見っとも無く泣く僕の瞳には、彼がぼやけて映る

「前を向け。目を逸らさずに見ろ」

彼の肩越しに見えたのは、もう首元まで消えかかっている姿だった
素顔を隠していても寂しそうなのが分かって、僕は、これ以上涙を流すまいと歯を食い縛った

『…大丈夫そうだね。面倒事だが、引き受けてくれるか』
「ああ、必ず」

王がそう答えると彼は満足そうに頷いた
そして僕と赤髪の男性を見る

『さよならセレーナ。愛しい僕の妹』
「…さよなら、アスモデウス。大好きな僕のお兄ちゃん」

奇怪な牛の頭を取って微笑んだお兄ちゃんの顔は、とても綺麗だった
そっと僕の左頬を撫でたが最後、彼は消えていった









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