"苦しい、辛い、哀しい、嫌だ"

誰の感情だろう
沢山の黒いモノが渦巻いては溶けていく

泣いている、怒っている、恨んでいる
殺したい、憎い、嫌い、死んでしまえ

誰に対しての感情だろう
怖い怖いそれは沢山空へと解き放たれては覆っていく

どこを覆うの?あれは遠い国?
端から端へと徐々に蝕んで、最後はあの幸せな国へ



「――っ、やめろ!!」

がばっと上半身を起こす
夢…?それにしては現実味を帯びていて気持ち悪い
肌にはびっしょり汗をかいていた

「…此処は、」

決して上質ではない寝床に、麻の衣服
僕はこの光景に見覚えがある
でも、そんなはずがない。だって

「あ、おはよー!」

扉が突然開いて身構える
同じ麻の服を着た少女。歳は10歳ほどに見える
いや少女と言ったけどどちらかは分からない

分からないのは何故か
中性的な顔立ちだから
声も高く低くころころ変わる

そして僕と同じナーキスの髪色をしていた

此処は僕の記憶の中にある僕の家
あの日無くなったはずの、あるはずのないモノ

「僕は死んだの、か」

意識を手放す前の記憶を探っていく
黒い何かは僕を海に引きずり込んで、どこかへ連れて行った

普通ならば別の場所と考えるけど
なくなった故郷に居るということは、僕は、もう

「?お姉ちゃんは死にたいの?」
「女じゃな「胸たゆんたゆんだよー」
「ひぁっ!?」

子供の掌が胸を掴んだ
思わず変な声を出してしまって、慌てて口を塞ぐ

確かに僕の平らだった上半身は膨らんでいる
見間違いと思いたいけど、ヤムライハさんぐらいあるから詰め物とも思えない

「ご飯にしようよ!」

盆の上にはお粥があった
決して美味しいとは言い難いそれが酷く懐かしい
子供に差し出され一口食べた

「美味しい?」
「…うん、懐かしい」
「帰りたい?」

驚いて子供を見るとにこにこ笑っていた
どこかで見たその笑いは、壊れそうで、怖くて、でも温かい
不思議な不思議な表情

「――そうだね」

僕が答えるとぐにゃりと笑顔は歪んだ
気にせず粥を食べ進める
やっぱり懐かしいな。味、あまりしないんだよねコレ

「シンドリアに帰りたい」

ぽつりと呟いたそれはぐにゃぐにゃに歪んだ笑顔を止めた
空っぽになった器を盆の上に置いて、手を合わせる

「ご馳走様でした。美味しかったよ、とても」

立ち上がって子供の脇を抜ける
扉の取っ手に手をかけると声がした

「お姉ちゃんの足には枷があるよ」
「…知ってるよ」
「僕達とっても弱くて足手纏いなんだよ」
「そうさ、全くもって同感だね」

駆け寄る音がして背中に温かい物が当たる
それはしゃくり声を上げながら、必死に僕を掴み続ける

「此処にいればお姉ちゃんは女だよ!皆幸せだよ!お兄ちゃん達もいるのに!?」
「素敵だなぁ、それは。でもね」

僕は男でもいいんだ
彼が愛しい気持ちに代わりはないし、どんな姿でも僕を愛してくれる人がいる
弱くて脆くて汚くて、生きてる価値が無いかもしれないけれど


「全てを見るって約束したんだ。それは辛いことも哀しいことも全部ひっくるめて、最後に幸せになるために僕は行くよ!!」


心の底から笑って僕は子供にそう言い扉を開いた
小さな手は僕を引き止めることなく、離れていく
背中を向けているはずなのに、手を振る姿がありありと浮かぶ

ねえ、今気付いたんだけどさ
君はもしかして………





視界はまだ真っ暗だ
息だって苦しいし、身動きも殆ど取れない

黒い何かは僕を捕まえたまま海底を引き摺っていく
最初からこれが狙いだったのかな
油断したところを奪い取って、きっと今頃船上では男が笑っているんだ

皆泣いているのかな
それとも怒っているのかな
だったら、やっぱり最後には笑わないと駄目だ

僕は残った酸素全てを吐き出すように声を振り絞った
音は意味を無さくても、振動は伝い震える
波のように揺れる黒い視界は、呻き声をあげたと思うと僕を海中へ大きく放り出した

水面へともがく最中、それが白いルフに囲まれ消えていくのが見えた

「…っ」

悠長に泳いでるわけにはいかない
さっきので本格的に息を使い果たした
煌く水面はまだ遠くて、生きろ、諦めるなと叱咤しながら腕を伸ばす


僕は此処にいる
ここで生きている
まだ死ねるものか


上から腕が差し出された
苦しいはずなのに、僕は笑ってその手を繋ぐ
強い力に引き寄せられて海面に顔を出した

「っげほ、は…っはあ」

急速に雪崩れ込んでくる酸素が逆に苦しい
頬に張り付く髪ごと、誰かが抓った
抓るというよりは摘むといった、優しいモノではあったけど

「――えへへ」

僕が笑うと手の持ち主は険しい顔をした
頭上を飛び交う叱咤の言葉が嬉しくて、船上に足を着けてもなお笑っていた

「笑い事じゃないのよ馬鹿!」
「それはとてもわかって「うわーん、良かったよーばかー!」
「セレーナ様のバカァーっ」
「…ちょっと馬鹿って言いすぎじゃないですか」

纏わり付きながら泣く彼女達
船の上に、あの仮面の男の姿は無かった
代わりに変な人形がことりと落ちている

「本当に、ご迷惑を…」

謝ろうとすると頭に布が被せられた
それも水を含んでいたけど、わしゃわしゃと乱暴に髪を撫でられる
驚いて見上げればマスルールさんがその布をまた絞っていた

「私達は弱いかしら?」
「そりゃ王様よりは弱いかもしれないけど、セレーナたんに守られるほど弱くはないよ」

僕の腕を掴んで2人が言った
再度布が肩に乗せられ、真正面から彼の瞳を捉える

「僕は…盾にも力にもなれなくて、」
「歌えばいい。お前がそうして笑っていれば……後ろにセレーナがいれば、それが力になる」

言葉の1つ1つを噛み締めていくと、涙が零れた
お礼も何も言えなくなって、子供みたいにただただ泣き続ける僕を、皆は優しく抱き締めてくれた







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