薄暗い灯りの中にお兄ちゃんがいる
ねえ、どうしたらいいの
いつもみたいに教えてほしい

―――僕はどうしたら



「アイオス!!」

ジャーファルさんの声に目を覚ます
扉の前で僕は横たわったまま、気を失っていたらしい

叩かれ続ける扉を開こうとしてぎくりとする
衣服の破れも傷も、何も無かった

だけど確かに枷はある
触ろうとすれば消えるそれは、きっと僕にしか見えていない

「…ジャーファル様」
「ああ良かった…貴方に話しておきたいことがあります」
「僕も話がしたいのです。お時間いただけますか?」

無いはずの傷が痛んだ
やっぱり喋ってしまうべきではないか
そう思い口を開きかけた時、脳裏を一瞬にして駆け巡る

男の言葉と笑い声
あの日のような子供達の泣き顔
人の刺される音、骨の砕かれる音、血が吹き出す音

そして―――彼が僕を庇い死ぬ姿

「っ!すみません!今日は体調が優れないので後日でも良いですか!」

無理矢理扉を閉めて力無く座り込んだ
見えない鎖がじゃらじゃらと、全身を囲い繋いでいるようだ



無力は、罪だ

誰かがそう言った
強くあれば虐げられることなく
全てを己がままにすることも出来ると

強さは正義だ

例え極悪非道であろうとも
まかり通れば全て、世界の基準となる

「弱い者は要らない」

扉の向こうで誰かが言う
誰と問う気力すら起こらなかった
幻ですか。実体ですか。それとも貴方は僕ですか

「罪を償う時が来たのよ」

漂う香に瞳を伏せた
今日まで生きてしまったその罪を

声は僕が再び意識を手放すまで続いた





思い瞼をゆっくりと持ち上げる
日は既に頂点から下り始めていた
どのくらい寝ていたのか、身体がだるい

ベッド脇の棚には綺麗な水とメモがあった
侍女の子が書いたみたいで、ジャーファルさんが呼んでいたこと、寝すぎは身体に良くないこと、起きたら食事を持ってくるので声をかけてほしいこと等がつらつらと書かれていた
それに小さく笑って水を一口飲む

壁にかけられた鏡の中の僕は微笑んでいた
それは、いつもと変わらない、でも仮面のような笑顔
僕が此処に来るまでによくしていたモノ

「大丈夫、さあ行こうか」

誰に告げたのか分からない
ただパレードが始まったかのように、笑顔を振りまき歩いていく

「おはようございます。伝言ありがとう」
「アイオス様!お食事は…」
「夕飯にいただきます。減ってませんから」

彼女を見つけたので声をかけておく
シーツや服を洗っていた
石鹸が泡となって空にふわふわ飛んでいく

いいなあ、僕もああやって飛びたい

しばらくそれを眺めていればジャーファルさんが廊下を歩いていくのが見えた
呼ばれていたのを思い出し、呼び止めようとしたけれど、何か険しい顔をしていたから止めた
傍らには同じく険しい顔をしたスパルトスさんがいるし

僕はあの顔が好きじゃない
それは良くないことが起きるからというよりは、僕が凄く除け者に感じるから

何があったのか尋ねても
きっと彼らは笑って「大丈夫」と言うんだ
僕を残して囮になった兄のように、きっと

中庭を通り抜けて銀蠍塔へ向かう
そこはいつもより静かで、ああ、シャルルカンさんは居ないんだと思い返す

「どうした」

後ろから声がして振り返るとマスルールさんが居た
逆に問うと、先輩が居ないから代わりだと言う
仕事してる姿を殆ど見ないけど、この人も武官なんだよな

食客や残った武官達が競い合っている
それを眺めていると、少しだけ涙が出た

「良い国ですね」
「ああ。…シンが作った」

どこか遠くを見る瞳で彼は言った
懐かしむような、嬉しいような、寂しいような、そんな瞳で

「王が始め、貴方達が支え、民が集った、皆が築いた良い国です」

視線を合わさず前を見たままそう告げた
マスルールさんが此方を見た気がするけど、顔は向けずに先を見詰める

王の力は凄いと思う
人を惹きつけ、輝かせ、導く才のある方だと感じる
だけどそれ以上にこの国の人達は真っ直ぐに進んでいく

哀しくても悔しくても
寂しくても辛くても

光の先にある幸せに、ひたすら歩む

俯く僕の手がそっと繋がれた
まるで大人と子供みたいに差がある掌は、すっぽりと包まれる
ようやく顔を上げれば、今度は彼が前を見据えていた

「――シンが帰ってきたらまた、歌ってくれ」

この国の未来を、世界の平和を
マスルールさんの声はとても優しかったけれど、僕はそれに肯定も否定もせずに弱々しく手を握り返した



僕は貴方が好きです
貴方が守るこの国が、好きです
どうかこの国にあるもの全てに、光り輝く未来が待っていますように

そしてそれを守ることが僕に出来るのなら、ならば―――







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