再び机に項垂れようとした僕に飛び込んできたのは、女性の劈くような悲鳴

即座に顔色を変えた3人が走り出す
出遅れて僕も後を追った

悲鳴の方向には既に人だかりが出来ている
僕が着く頃には、中心には彼らの姿があった
どうにかして覗き込むと女性が1人蹲って泣いている

地面には髪が数本落ちている
彼女のスカートは少しばかり破けていた

「―――――」

飛んでいった3人とジャーファルさん、そしてマスルールさんが何かを話している
人の声に掻き消されてそれは聞こえない
けど、蹲る女性と目が合った

彼女は少し僕に似ていた
髪の色素も薄く、恐らく背丈も同じくらい
赤い紐で右肩に髪を束ね流して

不規則に高鳴る心臓を押さえながら、一歩ずつ後ずさる
気付いたジャーファルさんが叫ぶのを無視してその場を逃げ去った



全身から嫌な汗が吹き出す
もしかしたら僕を狙って、いや、そんなことは

ナーキスなんて誰が狙うんだ
高値と言ってもたかが知れている

必死に悪い考えを打ち消しながら部屋まで走る
扉に鍵をかけて布団に潜り込んだ
がたがたと震える身体を抑えるように抱き締める

大丈夫。怖くない
こんな時にはいつだって彼らが傍に居る
一緒に泣いてくれるルフが、


あれ、なんでルフが見えないんだろう


「こんにちは、美しきお方」

道化に扮した男の仮面が眼前に広がる
ベッドから生えるように現れたそれに、僕は悲鳴を上げて転がり落ちた

「あ、あぁ…」
「見ていたよ、見ていたともさ。やはり間違いではなく本物!忘れていたよ…君がジンを宿す媒介であったことを」

コツコツ床を鳴らしながら近付いてくる
立ち上がる暇は無く、尻餅をついたまま弱々しく後ろに退いていく
どんっと扉に背をぶつけた

「何故君達がその瞳の下に宝石を埋め込むか知っているか!?」

結わえていた紐ごと髪を持ち上げられる
痛みと恐怖で身体が強張る
仮面をつけているはずなのに、その向こうの表情は喜び震えていた

「初めはただの呪いにしか過ぎなかったそれは―――ある日最大にして最高の活用法を見つけることができたんだ」

まるでパレードが始まる前の口上のように
嬉々として高らかに男は謳う

少しずつ落ち着いてきた頭で考える悲鳴をあげ、こうまで大きな声で話しているならば、いつか必ずそれを聞きつけた人が来てくれる
助けが来るまで僕は連れ去られないよう話し続ければいい

「活用法…?」
「ジンを入れる器となるのだよ。その歌には、その踊りには魔力を引き込む命令を出せる!君は知らないだろうが、君達は半永久的にその身に魔力を吸い取ることが出来る。ジンとて例外ではないさ」

光る小石でも見つけた
そんな子供みたいな笑い声が響き渡る
話が続くよう僕は言葉を選んでいく

「それが何にとって有効なのか検討もつかないね」
「…君は知らなくていい。ただひとつ言えるのは、君が最高の逸材だということだ」

僕の髪を掴む手と逆の手から、じゃらりと不吉な音がした
光沢の失われた銀色が織り成す重苦しい鎖

笑う仮面の男
不釣合いな金属音
記憶がフラッシュバックする

兄と僕を追いかける、あの光景
泣き叫ぶ姉を縛り上げるあの、

「やめ、やだっ、いやだ!!」
「っ、大人しくしろ!」

力の限り暴れた
一瞬でいいから突き放せれば、扉を開けて逃げれる
そう思った刹那微かな痛みが左足に走り、視線を向けると赤い線が入った

自覚した途端傷口から血が流れ出す
破れた服はそれを吸い込み染まっていく
悲鳴をあげるどころか痛みに声すら出ない

「痛いか?痛いよな…生命力である魔力が作れないんじゃ、傷の治りは遅く、痛みを緩和する機能さえ疎い。本来ならば全く生きている意味の無い民族なんだから、大人しく来るといい」

生きている、意味の無い
僕達は弱くて脆くて酷く最低で
そんなこと分かってる

ガシャン、とどこか遠くで音が鳴った
痛みに泣く僕の足には重い鎖が付けられる
それは足首ではなく服の下に隠れる太股辺りに繋がれた

「仮面は紳士だ。君の足で出ておいで。逃げたり喋ったりしたならば……そうだな、また子供を殴ろうか。君の、代わりに」
「そ、…なことっ、させ、」

顔を動かし睨みあげると男は笑った
王は不在でも、八人将が数人いるこの国で、そんなこと出来る筈がない
その前に誰か来さえすればこんな男なんて

「王が不在なら、眷属器は使えない」

ハッとする僕に男は声を高めた
フィナーレだとでも言いたそうに

「魔法であっても問題無い。此方の方が強く多く黒く素晴らしい」

何を1人で偉そうに
血が多く流れるのも気にせず上半身を起こした
風が窓から吹き込み、何かが沢山男の後ろに佇む

見えない何かはとても恐ろしく
聞こえないはずの笑い声すら耳に届く

「君は弱く力になんてなれない。盾にすら及ばない、足を引っ張るだけ。もし君を守る者が現れたならそれは奴隷にしよう!そう、例えばあのファナ「やめろ!!」

掴みかかるように手を伸ばした
簡単にかわされ、また僕は地面に沈む

「我々は待っているさ。我らが父の作られし真なる民の共同体――八芳星の計画書と共に、ね」







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