ふわり、ふわりとルフが舞う
中庭の木陰で休む僕の前を横切った
徐々に薄桃色に変わっていくそれは、近くを通りかかった侍女の傍に漂う

「お幸せに」

仲良く話している文官の姿を捉えて僕は呟いた
膝にある本を開いたまま、青空を見上げる
雲がゆっくりと流れていく

シンドリアは平和だった
先日の頼りで、王もご帰還されるとあった
数ヶ月かかったし怪我人も出たが死者はいないとも書いてあり、あの日集まった侍女達は皆喜び涙を流した

平和は良い。だけど、どこかで胸騒ぎもした
僕が連れ去られたあの一座
多くは捕えられ城の地下で監禁されていると聞く

でも、僕に話しかけたあの男と女が捕まっていないらしい
そっと左目下に触れる

「――あれ」

もう一度丹念に触る
だけど無い。此処にあったはずの宝石が無い
ルビーとオパールが確かに埋め込まれていたはずなのに

「読書中すまない」
「スパルトス様」

頬に触れるのを止めて礼をする
彼は宗教上の理由とかで、僕の顔をあまり見られない
別にそれは気にしていないけど。代わりに僕は存分に見させてもらうし

「少し手伝ってもらえぬか?」
「はい、何でしょうか」

本を閉じて立ち上がる
連れて行かれたのはピスティ様の部屋だった
…此処、紫獅塔って軽々しく入っていい場所だったかな

「これを片付けてほしいのだが…」
「僕がですか?」

部屋の主の姿は見当たらない
確かに散らかってはいるけど、勝手に片付けて良いのか
そう思って尋ねるとスパルトスさんは目を見開いた

「…男、だったか」
「あ、いえ、あー…ええ、そうですね…?」
「それでは頼めないな。ピスティから侍女以外の女性に頼んでほしいと言われていたのだが…」

ピスティさん何か企んでるな
彼の言葉を聞いてピンときた
恐らく、彼の女性に対して少し距離をとる習慣を減らしたいんだろう

侍女だと面白くないし
彼女は僕を女だと思ってるから、セレーナたんならスパルトスでも話しかけれそう!とかそういう考えのもと頼んだはず

八人将って存外暇なんだなと思っていると、スパルトスさんが僕を凝視していた
男だと分かったら別に見ても平気なんだろうか

「無駄足になってしまったな、申し訳ない」
「いえ!あ…」

窓の外に鳥に乗ったピスティさんが居る
何か紙を持ってるな…『スパたんとお茶しろ』
嫌ですよ、何で僕がそんな。別に彼は嫌いじゃないけど話したことそんなにないのに

「どうした?」

スパルトスさんが窓の方を向けば隠れた
鳥、俊敏だな。此方に向き直せばまた現れる
書かれてる文字が変わった

『八人将の命令だぞ!』

く…っ!要らない知恵だけ使って…!
さらに紙を捲ると『仕事しろっ、給料泥棒だぞ』とか…!
分かりましたよ仕事しますよ、させていただきますピスティ様

「ご本人に僕で良いかお伺いしますので、それまでお茶でも致しませんか?」

親指突き立ててるよ、ピスティさん
僕の誘いにスパルトスさんは悩みだす
真面目そうな彼のことだ。就業中にそんな、なんて考えているんだろう

「そろそろお昼ですし、それも兼ねて」
「…そうだな。ではいただこう」

頷いた彼と一緒に食堂へ向かう
さすがにこんな人が沢山居る場所で食べるのは躊躇われるから、2人分受け取って外にある机と椅子で取ることにした
ちょっと前からあるけど、これ誰が置いたんだ

「少ないが足りるのか?」
「まあ…少食ですので」

本日の昼食、リンディナ果実とミロル魚の包み焼きを食べる
誘ったのはいいけど会話続かない
マスルールさんとは寡黙のタイプが違うというか、感覚的には僕に近いんだよな、この人

初対面には距離をとるというか
出来れば1人で居たいみたいな

しかし何も話さないわけにはいかない
会話の糸口を探っていると、頭に重量を感じた
見上げると、見上げまくるとヒナホホさんが立っている

「よぉ元気してるか、セレーナ」
「はい、ヒナホホ様もお変わりありませんか?」

ヒナホホさんは何かと僕を気にかけてくれる
出身を問われた際、北の方だと答えたからだろう
自分の子のように扱ってくれるのが恥ずかしいけど嬉しい

ただ、ちょっと力加減考えて欲しい
イムチャックと違って僕物凄く小さいんですよ、ええ
157cmしかないものですから

「俺も此処で食べていいか」
「喜んでご一緒させていただきます。あ、椅子…」

2つしか無いから探してこようとすると、手頃な岩を持ってきた
ファナリスじゃなくても強いよなぁ…

「そういえばセレーナ1つ聞きたいんだがな」

僕の数倍ある量を食べ始めたヒナホホさんがふいに投げかけてきた
問い返すと、一瞬お茶を飲むスパルトスさんを見て、それからもう一度僕を見る

「マスルールと付き合ってるって本当か?」

瞬間、スパルトスさんがお茶を噴いた
そして噎せた。ちなみに茶は僕に少しかかった
残りは包み焼きの包みに溜まる
食べ終えてるからいいけどさ

「ひ、ヒナホホ殿…っ!」

何故かスパルトスさんが声を上げる
…あ!しまった、彼は男として認識してるんだ

「ままままさか!全く!そんなことないですよ、最近僕が傍にいるからじゃないですかね」
「確かにそうかもなぁ」

慌てて首を振る
事実、僕と彼は付き合ってないわけだし
想いは伝えたけどそれとこれとはまた別の話で

「ただお前の部屋に入っていく姿を見かけたとか何とか」
「…ええっと、」

どう言い訳しよう
男同士ならそれは当たり前?まあ普通の話ですね
けどヒナホホさんは僕を多分女と認識してるだろうし、そこにマスルールさんという男が入っていくのは訳アリっぽく感じるだろうし

しかし何でそんな現場
と言い掛けて表情が固まる
相変わらず他者から魔力を受け取ることを極力避けていたから、顔色が少しでも悪くなると暇を見つけては彼が補いに来てくれる

恥ずかしいけど嬉しいし、彼から魔力を取ってるわけじゃないからと受け入れてたんだけど、油断した
押し黙る僕に細かな日付までヒナホホさんは挙げていく

「きゃああああああ!あっれはええ何も無いですよ、あははははっ」
「ねえねえ何の話ー?」
「よぉピスティ」

思わず女のように叫んでしまった
背後からぬっとピスティさんが現れる
やばい、逃げよう

「すみません僕仕事があったのでこれで失礼「うん、お仕事しなきゃね!さあ座れ」

微笑んでいるはずなのにぞくっとした
大人しく席に着きなおすと、ピスティさんはヒナホホさんの膝に座る

「その日何があったのかな〜?」
「お許し下さいピスティ様……僕には話す権限を持ちません」
「やっぱり何かあったんだな」

墓穴を掘ったな、今
机に頬をつけてだらだらする
泣きたい。もう泣いてるかもしれない

「あっ、マスルール君だ!」
「えっ!?」

がばっと顔を起こすと誰も居ない
一瞬静まり返った後、ヒナホホさんとピスティさんの笑い声が響いた
痛い、痛いですヒナホホさん。背中ばしばし叩かないでください

「そうかー!俺は応援するぞー」
「私もするよ〜。おもし、人の恋は応援しなきゃね」

面白いと言いたいならどうぞ言ってくれ
溜息を吐くと、スパルトスさんと目が合った
あ、逸らされた。もう嫌だ







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